レストラン
「もういい! チェーン店でもいいからさっさと違うとこ行くぞ!」
そして車をまた走らせてから気が付いたが、どうやら咽た時にポテトサラダのカスが私の鼻の裏の奥に入り込んでしまっていた。
「おい! ティッシュはあるか! ──くそ! あんな酷い店は初めてだ!」
──だが、熱海から帰ってきても、私の鼻腔にはその不味いポテトサラダの味が残り続けていた。
その所為からか、いやきっとそうに違いないが、仕事でも幾つかミスを犯してしまった。シナモンを振りすぎてしまったり、塩を振りすぎてしまったり……どうにも鼻が利きづらくなってしまったようだった。
また、それによって仕事に支障が出たかと思えば、するうち私はコロナに罹ってしまった。レストランは副料理長に任せて、私は寝室で妻に面倒を見てもらうことになった。
コロナは最初の三日が辛かった。寒気がして、躰の節々が痛く、インフルエンザと似たようだと感じた。しかも根っからの食事好きの私にはとてもつらかったのが、高熱のせいでまるで食事に味がしなかったことだった。そんな時に食べる料理は、まだあのポテトサラダがマシだと思えてしまうくらいで──と、その時に私は改めて、そういえばまだしつこくあの不味かったポテトサラダの味が残っているのかと不思議に思った。
そのコロナがようやく落ち着きを見せたころに、妻がこう言った。
「詩音がね、授業参観に来てほしかったって。ほら、あなたずっと忙しいでしょう? 休みも平日だし」
「いや、そんなこと一言も言われなかったぞ」
「ほんとは熱海の時に言おうねってしてたんだけど…ね」
コロナがようやく収まったかと思えば、暫くの間味覚と嗅覚がおかしかった。コロナの一時的な後遺症で味覚と嗅覚がなくなると聞く。この時の私は一週間もすれば元に戻るだろうと軽く考えていたが、今に至るまで戻ってきていない。いや、一生涯後遺症が続くはずがない。だが、戻ってこないのだ。
しかも何故か私の鼻腔にはあのポテトサラダの味が残り続けていた。あの塩辛くて妙に甘く、水っぽいポテトサラダの味と風味が。
完



 

 
    