黄泉の夢
かくして私は目が覚めた。うわあと叫んで跳ね起きる筈だったのだろうが、身体中が怠くてお話にならない。
ピッ、ピッ、ピッ、ピッ…と、何らかの計器類の音が規則的に鳴っている。胸の中で、〝ああ、そうだ〟と呟いた。喉には酸素吸入器が突っ込まれていたからだ。
元の世界が身体に馴染んでくる。息はままならないが。舌でなぞるプラスチックの無機質さ。リネンの滑らかな肌触りに、夢の中では感じなかった、この世という物のなんたる微かな不愉快さが。
白過ぎる天井、規則的な機械達、私の気持ちなぞ全く無視したベッドのネームタグ。
私は腑に落ちた。私の予定していた手術は終わったのだろう。でも。
いくら先生が頑張ってくれたって、薬を飲んだって、手術が上手くいったとて。
あそこから生きて帰ろうと決めるのは私だけだったのだろう。
すっきりとすると、空腹を思い出した。しかし、腕が重く、ナースコールに中々届かない。掌を押しても押しても、腕が動きやしない。ああ、疲れた。早く生きた世界の魚が食べたい。
すると、割かし慌てたような足音が聴こえて、医師が姿を現した。彼は計器類を確かめ、早口にこう言う。
「目を覚ましたんですね。酸素は大丈夫のようなので、吸入管を外します。少し痛いですが、大丈夫ですよ」
私の喉管の中を、ごろごろとプラスチックが抜けていき、私はすぐに息を吸った。
「あの…」
「はい?」
医師がどこかへ逃げてしまう前に、からからの喉から息を捻り出す。腹に力が入らない。
「魚が、食べたいんです」
一瞬きょんと目を向いたが、医師はびたりと顔に笑みを貼り付け直した。
「食欲があるのは良いですね。ですが、術後は〝慣らし〟ですから、お魚はまだちょっと難しいですよ」
呆気なくそう言われてしまった私は、衆生も黄泉もそんなもんかと、眠ってしまった。
了