音は消えても、心に残れば、それは永遠
私の中には、まだ解き放たれていない無数の音が眠っている。
弓が触れることを夢見ているけれど、
同時に “永遠に傷つけられない” という役目も背負っている。
人は私を宝石のように守る。
でも私は、楽器。
生まれながらに “歌うこと” が宿命なのだ。
美術館の奥深く、メシアは眠っていた。
ガラス越しに眺められるばかりで、
その音を誰も知らない。
ある夜、特別に許された一人のヴァイオリニストが、
静かにケースを開いた。
メシアは胸の奥で震えた。
「ようやく、私は生きられる」
弓が弦に触れた瞬間、
三百年の沈黙は破られた。
その音は澄みきって、夜空に溶け、
聴く者すべての心を震わせた。
曲が終わると、音は消えた。
しかしその響きは、幻のように永遠に人々の心に残った。
再びメシアは静かに箱に戻される。
けれど今や彼は、ただの保存された名器ではなかった。
一度きりの命を奏で、永遠に生きる存在となったのだ。
その夜、ヴァイオリニストは譜面を持たなかった。
誰も知らない曲――
メシアのためだけに書かれた、世界でたったひとつの旋律を心に宿していた。
弓が触れると、音は星のように立ち上がり、
やがて風に溶け、夜空を渡っていった。
低音は大地の記憶を語り、
高音は光のきらめきを描いた。
中ほどでは、まるで300年分の沈黙が涙になって流れるように、
やさしく、苦しく、しかし温かく響いた。
曲が終わると、会場は静まり返った。
誰も拍手をしない。
ただ、心臓の鼓動だけが鳴っていた。
その旋律は記録されず、録音もされず、
人々の胸の奥にだけ残った。
それは「一度きりの曲」として、
永遠の幻となった。
作品名:音は消えても、心に残れば、それは永遠 作家名:タカーシャン