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オオサカタロウ
オオサカタロウ
novelistID. 20912
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Crumb

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 いつもの朝だ。希実がスクランブルエッグの載った皿をおれの前に滑らせて、自分用のサラダにトマトをトッピングしてから、椅子に座った。三人の食卓は平和だ。おれがケチャップの蓋を開けてチューブを絞ると、空気がひゅうと漏れただけで中身は出てこなかった。希実が目を丸くすると、棚から新しいケチャップを取り出した。
「切れちゃいましたか」
「出なくなったり、品切れになったりは、おれの役目だろ」
 美里の前では『呪い』という言葉を出していないが、希実はくすくす笑っているし、美里もそれを真似ているというよりは、おれの運の無さを理解して笑っているように見える。
 希実が美里を連れてひと足先に家を出た後、おれは洗い物を済ませてから家の点検を始めた。最後に出るのはおれだから、戸締りも含め、責任は重大。適任でもある。呪われているという事実がある以上、この手のことに『大丈夫だろう』という甘さは一切介入させない。おれは、全てをロボットのように点検する。
 それを始めるためにパジャマの袖を捲ったとき、ダイニングの上に置かれたスマートフォンが光った。希実が忘れ物をしたのかと思ったが、画面を確認すると、そこには『野沢直樹』と出ていた。昨日、連絡先を交換したばかりだ。バナーにはメッセージの一部が表示されていて、『おはよう。昨日の話なんだけど』と始まっていた。おれは、寝室のエアコンを消しながら、メッセージを開いた。
『おはよう、飴事件の話なんだけど。あれから呪われてるって言ってただろ。あれさ、あまり気にするなよ』
 まだ時間に余裕があることを確認してから、おれは返信を送った。
『色々と考えたら、あの飴が原因だと思えるようなことは、たくさんあってな』
 朝からこんな暗い話をしている場合じゃない気もする。野沢が細かく覚えているということ自体、不思議な感じがした。寝室から出て美里の部屋のエアコンをチェックするために顔を差し込んだとき、また手元でスマートフォンが震えて、おれはメッセージを開いた。
『飴は、絶対に原因じゃない。断言できる』
 相槌を返すことなく続きを待っていると、すぐに文章が追加された。
『気にしてたから大丈夫かなって思って、たこ焼き屋で待ってるときに、おれの飴と入れ替えた。だから一個しかなかっただろ。お前が取った二個の飴は、誰も食べてないよ。おれが捨てたからね』
 おれはしばらくスマートフォンの画面を見つめたまま、美里の部屋の前に立っていた。
 どういうことだ?
 あの飴は、おれが多く取ったやつじゃなかったのか? 確かに、一個しかなかった。あれを食べた明宏は、若くして死んだ。呪いでそうなったはずだ。
 違うのか? 何もかも、違ったのだろうか。
 おれはスーツに着替えて、家から出た。電柱すれすれに停めた車を避けて車道側に出ると、いつもすれ違う自転車とギリギリぶつかりそうになった。本当にそうなのか? 野沢はおれのために、飴をすり替えたと言っていた。だとしたら、おれは呪われていないことになる。駅に辿り着くと、いつもの乗車位置は学生でごった返していて、それを避けて乗り込んだ車両には海外からの旅行客が後からなだれ込んできたから、一両だけが満員状態になった。おれが呪われていないとしたら、これは何なんだ? 
 会社でタイムカードを打刻して、おれは仕事を始めた。運の無さを知っている事務員の川井さんは、おれと目が合うだけで何かあったのではないかと、目を輝かせている。朝十一時ごろ、シュレッダーに書類を放り込んだとき、紙があり得ない曲がり方をして折り重なったまま吸い込まれ、案の定動作を停止した。いつも通り、田中はこういうことに関して『引き』が強い。それは認める。
 それが受け入れられるのは、あくまでおれが呪われているという前提があっての話だ。あいつが飴を捨てたのなら、おれが今経験しているこれは、一体何が原因なんだ?
 昼休みは、運送会社が宛先を間違えて支社宛の荷物を持ってきたのを、たまたま一階にコーヒーを買いに下りたおれが対応する羽目になった。よくある話だし、帰ってくるのが遅れたおれを見て、川井さんは何があったのか知りたがったが、いつもなら『運悪く』と言って笑い話にできるのに、今日はできない気がした。
 理由が分からないのだから、笑い話にしようがない。
 帰り道、目の前で自動改札に引っかかった人が、慌てて引き返した勢いでおれにぶつかり、おれは一緒に尻餅をついた。どういうわけか、おれの呪いがそうでなかったことを、見物人全員が知っているように感じる。おれの何を知っているんだ? いや、全部知っているのか? 
 家に辿り着いて玄関のドアを開けたとき、希実がキッチンから顔を出した。
「美里の部屋、エアコンがつきっぱなしだったよ」
 そして、駅で一度尻餅をついたおれの風体を見るなり、希実は笑った。
『もう、またですか』といった雰囲気の、呆れ顔。ハの字に曲がった眉。なるほど。
 やっと分かった。いつも笑っていた理由が。
 ずっとおれを、馬鹿にしていたのか。
作品名:Crumb 作家名:オオサカタロウ