綴-After your death I realized-
「綴-After your death I realized-」
その日は、真っ赤な夕日が印象的な日だった。明るいというより、ドス黒い赤。影を落とす世界。何気もなく過ごす毎日。夜は明け、また朝が来る。その日の帰り道、百合香と久しぶりに出くわした。
「さ、皐月…あの」
聞く気も起きなかった。曲がり角をそのまま抜ける。
「ちょ、ちょっと!」
百合香はついてくる。そう、5年前切れたはずだったのに。俺らの縁は。
「まってよ!!どうしてそんなにひどく当たるの!?」
「うるさい!ついて来るな気持ち悪いッ」
俺はそのまま角を曲がり、走り出した。追いかけてくる気配はない。それでもこいつの近くにはいたくなかった。
ふと振り返った。曲がり角を曲がる瞬間、一瞬映ったその顔には涙が浮かんでいた。
俺と百合香は幼馴染だった。母親が2歳半の俺を連れて再婚した親父とこっちに来たとき、唯一打ち解けたご近所さんの一人娘だった。小さいころから、小学校に入ってもずっと仲がよかった。同級生に冷やかされたときもあったが、むしろ嬉しかったほどに。
「皐月君、昨日ごめんね…」
すごく申し訳なさそうな顔で百合香はあやまってきた。昨日約束していたのをすっぽかしたからだ。
「百合香なんかもう知らない」
俺はそうはき捨てて以来、中学も、高校に入っても百合香とは口を利いてない。
「…ただいま。」
母親がリビングから出てきたが、そのまま2階に上がる。
「(…ちくしょう。なんだあの顔。目に焼きついて離れない…ッ!)
なにか、忘れている気がした。大事な何か。
気がついたときにはもう朝だった。時計の針がさしているのは5時。学校は基本開きっぱなし(校門は)だから、たまには早く行くのもいいか。
眠れた気がしない。昨日の百合香の顔が焼きついたまま、離れない。さびしそうな、切なそうな、ホントにつらい表情。だからなんだ。全部あいつが悪い。
昨日の道を、さかさまにたどる。思い出すのは冬にしては赤く、暗い夕焼け。
道は、keep onと書かれたテープで、塞がれていた。
そこにあるのはボコボコにへこんだトラック。
そして血の痕。
昨日、別れた、その場所。
もうほとんど撤収しかかっているところを見ると、事故発生は、昨日の夕方から深夜。
夕方、から深夜・・・。
ゆっくりと近づく。
「おい、茂みになんか落ちてるぞ。遺品かもしれん。」
「はい」
紺色の作業着を着た大人が、それを持ち上げる。
ケータイだった。百合香の。
気づくと、もう葬式だった。坊主がお経を唱え、人々が言葉を思い思いに涙に乗せ語る。
そして火葬。
秒針が時を刻むように、事はスムーズに進む。そう、とても人が死んだとはおもえないように。
「百合香ぁぁぁぁッッ!!」
叫び声をあげたのは母親だった。
「…うしてぇッ…!どうして百合香があぁぁぁああぁぁぁあ」
昔お世話になったおばさんは、もう心が壊れていた。
気づくと、また夕暮れ。俺は、どうしてここに来てしまったんだろう。
ガチャッ。
鍵は開いていた。自然と体は前に進む。
他には目もくれず、ひとつの場所に向かう。小学五年を最後に、一度も踏み入れたことがなかった、百合香の部屋。
扉を開くと、前より少し女の子らしくいろいろそろっている部屋が広がった。
きっと本当はもっといろいろ散らかっていたのかもしれない。でも、机の上はもうほとんど何もない。
ただ10冊、ノートがおいてあるだけで。
綺麗に重ねられたノート一番上にあったのは…。
「交換、ノート…。」
鳥肌が立った。
そう、ちょうど5年前までしていた、俺と百合香の2人の秘密のノート。汚い俺の字で、「こうかんのーと」とひらがなで書いてある。たぶん、小学校一年か二年の時にはじめたんだ。3冊目まで俺と百合香が交互に書いていた。お互い、今日あったことを話して、最後に、今日も一日二人で楽しかったねで終わっていた。5年の最後、明日、遊ぼうねを最後に、俺はもう何も書いてない。その後のページは白だった。窓越しに夕日を見上げた。窓はなぜか開いている。
風が聞こえた。
ピラッ
白いページの先があった。
『今日は、皐月君を怒らしてしまった。きちんと説明して上げられればよかったなぁ。…』
「『お父さんが、死んじゃったって』…、だと」
『4月1日:晴れ 今日は一人の登校。寂しいな。でもしょうがないよね。約束破ったの私なんだから。』
『4月2日:くもり 今日も一人。迎えにいったけど、もう私とは時間をずらしてほかの人と通ってるみたい。そうだよね、もう小学六年生だもん。仕方、ないんだよね』
『4月3日:くもりのち雨 今日は皐月君の靴箱に手紙をいれてる5年生を見た。はーとマークのシールなんてはっちゃって。くやしいなあ。私は、皐月君のことたくさん知ってるのに。卵アレルギーなこと、キウイが嫌いなこと、昔は泣き虫で、私と一緒によくないてたこと、だんだん大人になって私の手を引いてくれる「男の子」になってたこと、茄子がすごく大好きなこと…。もっといっぱい知ってるのになぁ。』
最後の筆先はゆがんでいる。もう乾いているが、一部紙の色が違う。たぶん、いや、これは涙だ。
『7月6日:雨 皐月君は雨の中、車か何かに轢かれて死んでいた猫さんにお墓を作ってあげてた。皐月君は、猫をみてないていた。すごく心が優しいんだと思った。』
そんなところも見ていた。百合香は、いつだって俺のことをみていたんだ。
『3月12日:なんだか寂しい晴れ 今日の空、なんだか寂しい。晴れてるはずなのに、色が悲しい。悲しい青色をしている。まるで数年間皐月君のことを引きずってる私みたいだね…。そうだ、最近由美が彼氏を作った。彼氏さんのこと、名前で呼んでた。
私も、「皐月」って呼べる日がくるのかな…?ノートでちょっと練習してみよ。
ごめんね、皐月』
『4月5日:くもり ついに、中学校になっちゃうな。由美と加寿子は志望校が県外。きっともう同窓会とかしか会えないんだろうなあ。さみしぃ。でもきっとそうやって皆大人になるんだよね。皐月も、そんな風に私の前からいなくなってしまうのかな。』
ページは進む。目頭が熱い。
『10月10日:晴れ 今日は皐月の陸上部の大会を見に行った。皐月、途中で転んじゃったのに、すごい勢いで抜かしていって3位に入った!!そのときの皐月のすごくうれしそうな顔。すごくかっこよかったなぁ』
ノートは最後の10冊目に入る。
その日は、真っ赤な夕日が印象的な日だった。明るいというより、ドス黒い赤。影を落とす世界。何気もなく過ごす毎日。夜は明け、また朝が来る。その日の帰り道、百合香と久しぶりに出くわした。
「さ、皐月…あの」
聞く気も起きなかった。曲がり角をそのまま抜ける。
「ちょ、ちょっと!」
百合香はついてくる。そう、5年前切れたはずだったのに。俺らの縁は。
「まってよ!!どうしてそんなにひどく当たるの!?」
「うるさい!ついて来るな気持ち悪いッ」
俺はそのまま角を曲がり、走り出した。追いかけてくる気配はない。それでもこいつの近くにはいたくなかった。
ふと振り返った。曲がり角を曲がる瞬間、一瞬映ったその顔には涙が浮かんでいた。
俺と百合香は幼馴染だった。母親が2歳半の俺を連れて再婚した親父とこっちに来たとき、唯一打ち解けたご近所さんの一人娘だった。小さいころから、小学校に入ってもずっと仲がよかった。同級生に冷やかされたときもあったが、むしろ嬉しかったほどに。
「皐月君、昨日ごめんね…」
すごく申し訳なさそうな顔で百合香はあやまってきた。昨日約束していたのをすっぽかしたからだ。
「百合香なんかもう知らない」
俺はそうはき捨てて以来、中学も、高校に入っても百合香とは口を利いてない。
「…ただいま。」
母親がリビングから出てきたが、そのまま2階に上がる。
「(…ちくしょう。なんだあの顔。目に焼きついて離れない…ッ!)
なにか、忘れている気がした。大事な何か。
気がついたときにはもう朝だった。時計の針がさしているのは5時。学校は基本開きっぱなし(校門は)だから、たまには早く行くのもいいか。
眠れた気がしない。昨日の百合香の顔が焼きついたまま、離れない。さびしそうな、切なそうな、ホントにつらい表情。だからなんだ。全部あいつが悪い。
昨日の道を、さかさまにたどる。思い出すのは冬にしては赤く、暗い夕焼け。
道は、keep onと書かれたテープで、塞がれていた。
そこにあるのはボコボコにへこんだトラック。
そして血の痕。
昨日、別れた、その場所。
もうほとんど撤収しかかっているところを見ると、事故発生は、昨日の夕方から深夜。
夕方、から深夜・・・。
ゆっくりと近づく。
「おい、茂みになんか落ちてるぞ。遺品かもしれん。」
「はい」
紺色の作業着を着た大人が、それを持ち上げる。
ケータイだった。百合香の。
気づくと、もう葬式だった。坊主がお経を唱え、人々が言葉を思い思いに涙に乗せ語る。
そして火葬。
秒針が時を刻むように、事はスムーズに進む。そう、とても人が死んだとはおもえないように。
「百合香ぁぁぁぁッッ!!」
叫び声をあげたのは母親だった。
「…うしてぇッ…!どうして百合香があぁぁぁああぁぁぁあ」
昔お世話になったおばさんは、もう心が壊れていた。
気づくと、また夕暮れ。俺は、どうしてここに来てしまったんだろう。
ガチャッ。
鍵は開いていた。自然と体は前に進む。
他には目もくれず、ひとつの場所に向かう。小学五年を最後に、一度も踏み入れたことがなかった、百合香の部屋。
扉を開くと、前より少し女の子らしくいろいろそろっている部屋が広がった。
きっと本当はもっといろいろ散らかっていたのかもしれない。でも、机の上はもうほとんど何もない。
ただ10冊、ノートがおいてあるだけで。
綺麗に重ねられたノート一番上にあったのは…。
「交換、ノート…。」
鳥肌が立った。
そう、ちょうど5年前までしていた、俺と百合香の2人の秘密のノート。汚い俺の字で、「こうかんのーと」とひらがなで書いてある。たぶん、小学校一年か二年の時にはじめたんだ。3冊目まで俺と百合香が交互に書いていた。お互い、今日あったことを話して、最後に、今日も一日二人で楽しかったねで終わっていた。5年の最後、明日、遊ぼうねを最後に、俺はもう何も書いてない。その後のページは白だった。窓越しに夕日を見上げた。窓はなぜか開いている。
風が聞こえた。
ピラッ
白いページの先があった。
『今日は、皐月君を怒らしてしまった。きちんと説明して上げられればよかったなぁ。…』
「『お父さんが、死んじゃったって』…、だと」
『4月1日:晴れ 今日は一人の登校。寂しいな。でもしょうがないよね。約束破ったの私なんだから。』
『4月2日:くもり 今日も一人。迎えにいったけど、もう私とは時間をずらしてほかの人と通ってるみたい。そうだよね、もう小学六年生だもん。仕方、ないんだよね』
『4月3日:くもりのち雨 今日は皐月君の靴箱に手紙をいれてる5年生を見た。はーとマークのシールなんてはっちゃって。くやしいなあ。私は、皐月君のことたくさん知ってるのに。卵アレルギーなこと、キウイが嫌いなこと、昔は泣き虫で、私と一緒によくないてたこと、だんだん大人になって私の手を引いてくれる「男の子」になってたこと、茄子がすごく大好きなこと…。もっといっぱい知ってるのになぁ。』
最後の筆先はゆがんでいる。もう乾いているが、一部紙の色が違う。たぶん、いや、これは涙だ。
『7月6日:雨 皐月君は雨の中、車か何かに轢かれて死んでいた猫さんにお墓を作ってあげてた。皐月君は、猫をみてないていた。すごく心が優しいんだと思った。』
そんなところも見ていた。百合香は、いつだって俺のことをみていたんだ。
『3月12日:なんだか寂しい晴れ 今日の空、なんだか寂しい。晴れてるはずなのに、色が悲しい。悲しい青色をしている。まるで数年間皐月君のことを引きずってる私みたいだね…。そうだ、最近由美が彼氏を作った。彼氏さんのこと、名前で呼んでた。
私も、「皐月」って呼べる日がくるのかな…?ノートでちょっと練習してみよ。
ごめんね、皐月』
『4月5日:くもり ついに、中学校になっちゃうな。由美と加寿子は志望校が県外。きっともう同窓会とかしか会えないんだろうなあ。さみしぃ。でもきっとそうやって皆大人になるんだよね。皐月も、そんな風に私の前からいなくなってしまうのかな。』
ページは進む。目頭が熱い。
『10月10日:晴れ 今日は皐月の陸上部の大会を見に行った。皐月、途中で転んじゃったのに、すごい勢いで抜かしていって3位に入った!!そのときの皐月のすごくうれしそうな顔。すごくかっこよかったなぁ』
ノートは最後の10冊目に入る。
作品名:綴-After your death I realized- 作家名:紅蓮