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オオサカタロウ
オオサカタロウ
novelistID. 20912
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Clincher

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 私が棒読みで激励すると、佳純ちゃんは再び問題に集中した。これでは不自然だ。子供相手に焦りまくっている私は、明らかに普段と違う態度を取ってしまっている。佳純ちゃんが問題を解き切るまでに、あと五分程度。私は鞄からノートを取り出そうとして、手を伸ばしながら目を向けた。
 中が、光っている。
 暗く赤い光が跳ね返って、私のハンカチやスマートフォンを照らしていた。ノートを取り出すと、それは消えた。私は無意識に、自分の歯がかちかちと音を立てていることに気づいた。全身が粟立っている。さっきノートを押し込んだとき、ボタンを押してしまっていた。盗聴器センサーは、ボタンを押している間だけ起動するようになっている。
 それが、赤く光っている。そのランプが示すことは、ひとつしかない。
 この部屋のどこかに、盗聴器が仕掛けられている。
 私がノートを手に持ったまま固まっていると、いつの間にか顔を上げていた佳純ちゃんが言った。
「大丈夫?」
「うん、大丈夫」
 私はできるだけ平静を装って、ノートのページを繰った。頭が緊急避難をするように、火事場の馬鹿力を発揮している。
 ノートに躍っているのは、二日前の私の字。

 宇土里美、井佐尚子、サーナ。
 塚田理子、勝野仁美、ゲッツ―。
 私が言った「割り切れない」には普通の反応で、勝野先輩の「余りがないよ」という指摘には、嬉しそうにしていた。
 勝野先輩は、みかんの木に近づいて怒られた。
 二人に共通するのは、「息が凝っている」ということ。

 佳純ちゃんが肩凝りを治すように手を伸ばしたとき、コマーシャルに出ていた俳優の顔が浮かんだ。まさか。私は筆箱からペンを取り出し、二日前のメモに追記した。ひとつ浮かべば、手はもう止まらなかった。視界の隅に映る佳純ちゃんはもう、問題を解いてすらいない。ただ、こちらをじっと見ている。でも私の手は、止まらなかった。
「佳純ちゃん。正解は多分、こんな感じ」
 私はそう言うと、ノートを見せた。佳純ちゃんは目を走らせるのと同時に、うなずいた。
『盗聴器があるから、声を出さないで』
 最初に繋がったのは、首の凝りというフレーズだった。佳純ちゃんは『わたしがそうだもん』と言っていたが、息が凝るなんてことはあり得ない。息の凝りなんて言葉は、聞いたことがない。
 でも、それが『生き残り』なら?
 佳純ちゃんは、井佐尚子には真ん中の二文字からサーナとあだ名をつけて、友達の名前は『宇土里美』と名づけた。そう、名づけたのだ。あれは、実在する人間の名前じゃない。対して、勝野仁美はゲッツ―があだ名で、月と二を組み合わせた。友達は『塚田理子』。私たちの名前からあだ名に使った位置の漢字。それを友達の漢字に当てはめると、そこには同じ文字がある。土と里だ。
 反抗期を迎えて、『家出』した姉。近づいてはいけない、みかんの木。
 母親は離婚したから、再婚しない限り新しい子供は生まれない。佳純ちゃんで最後だ。だから、もう余りがない。
 そして、おそらく私はこの子にとって、唯一頼れる大人だ。全ての『答え』を書き込んだノートを見せたまま、私は最後に書き足した。
『全部、合ってる?』
 佳純ちゃんは、肩を震わせながらうなずいた。私が敢えて離して書いた、土と里。それはいつの間にかお互いの距離を詰めて、ひとつの漢字にしか見えなくなっている。
 今すぐ、この子を助けなければならない。私はそう決心して、ノートを閉じた。
 埋められている。みかんの木の下に、あなたの姉が。
作品名:Clincher 作家名:オオサカタロウ