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向かうしかない。そうして私は、高架下の、家の方向とは逆の方へ出た。
今向かう。また、そうした一報を入れておいた。私は本気なのだと、私は本気でお前を心配しているのだと、彼女を安心させたかった。危なかった。もし、私があのまま踵を返していたら、結局私は私の為に彼女を心配したのであって、心配することによって心配させ、心配されたいという所へ帰結するところであった。いや、事実、数分前までそうであったのだ。だが、これからは違う。これからの行動で、これまでの茶番を本気へ塗り替えられる。そう思い、私は歩いた。
深更三時を過ぎた。私は、もうそこに彼女の存在の近さを感じていた。もうすぐで彼女と会える、それが何よりの私の心の支えとなっていた。私が励ます側だというのに、私が彼女に励まされていた。だから、今まで励まされた分、一層彼女を心配し、本気で彼女を想い、そして励ましてやりたかった。今までたくさんもらったそれを、私は返してやりたかった。
すると、その人間から返事が来た。私は彼女の存在の近さを感じ、予めもう着くと旨を送っていたのだった。だから、その労いと云うか、感謝のメールだと思った。
——辞めて、来ないで——
「——やっと電話つながった。もう着くよ。ごめんね、こんな遅い時間になってしまって。もう、大丈夫だからね」
私は凍ええていたが、それを隠し通すため何もないふりをした。実際は体が痛かった。寒さを通り越していた。手先はかじかんでいたし、足先の感覚は既になかった。だけれど私は平静を装った。彼女の感じる辛さに比べたら、私の感じる苦痛など無に等しいだろう。そう思った。だが──
「私は大丈夫だから帰って」ピシャリと氷水をかけられたみたいだった。私はそれが、私を心配させまいと思った彼女なりの優しさかと思った。
「ううん、僕は大丈夫だよ。だから——」
「帰って‼」
そうして電話は切られた。メールを送っても返ってこなかった。私は待った。家の近くではストーカーを思われ兼ねないと思い、最寄り駅の庇の下で只管待っていた。
深更五時、白んできた空に、私は夢から覚めたかのように己のしでかしたことを思い出した。
私は帰途についた。五時では車の通りも多くなる。その車の一台にタクシーがあり、またなんの偶然か、そのタクシーが私の十メートル先で右折したかと思えば、そこはタクシー会社なのだった。安っぽく光る緑色の看板に眩いだけの白い文字。そのタクシーを追うと、左にタクシーがずらりと並ぶ駐車場があって、その真ん中のタクシーは電灯がついていた。私はそれに近づき、すると運転手も気づいて窓を開けた。私は言った。
「今手持ちが四千円しかないんですけど…」
私の住んでいる方向まで、行けるところまで行ってくれないか、そう頼んだ。
運転手は白髪の中年男性だった。どうやら清算していた最中だったようで、もしあと一分でも遅れていたら乗せられないところだったと言った。
「濡れているけど大丈夫ですか?」
「ああ、大丈夫大丈夫。どうせ拭くから」
運転手はそう言ってくれた。
タクシーは、私が歩いてきた道のりをあっという間に過ぎ去っていった。あの高架下までも、千円しなかった。四千円しかなく、道中目印になる所でおろしてもらうつもりだったが、約二千五百円で家に着いた。
陽もまだ出ていなかった。
まるであっけない、そう私は思った。私はなにもしていなかった。何もしていないのに、二千五百円を失ったのだ。タクシーの中で携帯を確認すると、その彼女からブロックされていた。失ったのはお金だけでもなかった。
──私は何がしたかったのだろうか。
道中、私は運転手にここまでのいきさつを話して、こう訊いた。
「これって若気の至りですよね? 今のうちこうした方がいいって…色んな大人から言われました」
運転手は明らかに困惑した様子で、物を言えなかった。
作品名: 作家名:茂野柿