傀儡草紙
01.怪物 ―かかし―
「明日からK町でコンテストだ。来週はT県のO市まで行くからな」
がっしりとした体格の日に焼けた男は、あたしを見つめながらそう言ってにんまり笑った。つばをはきかけたくなる下衆な笑み。恐らく金のことしか考えていない、マンガだったら目が$の記号になっているような陳腐でわかりやすい卑しさをまとった最低な顔。あたしを創り出した目の前の男はゆっくりとあたしを大地から引き抜いた。
うんざりしながら卑しい造物主に抱え上げられえる。正直、触れてほしくなんかない。とにかく不快。でも、今まで幾度もそうしてきたように、あたしは近くの小屋まで運ばれてそこで解体され、荷作りされ、コンテストがあるというK町というところまでトラックで輸送され、再びそこで組み立てられるんだ。
あたしがかかしとしてこの世に生を受けて半年。ありがたいことに他のかかしたちよりも人目を引く容姿だったあたしは、あちらこちらのかかしコンテストやかかし展示会に引っ張りだこだ。会場での評判も上々で、コンテストで上位に入賞したり、展示会でしばしばお客さんたちの注目を集めたりもしている。
あたしも最初はこういった称賛がうれしかった。世界に名をとどろかせる著名なかかし評論家に自身を褒められ、フォロワーが数千万というかかしブロガーが記事を執筆してあたしの画像を世界に発信してくれた。展示会であたしを見つけた子どもが絶叫しながら駆け寄ってきて、倒れそうなくらいの勢いで抱きついてきた時もあった。さすがに痛かったけれども、愛されてるなという思いも嬉しさもひとしおだった。
かつて、あたしは自分のこの優れた独自性とデザインで人々に笑顔や驚きを与えることに喜びを感じていた。そして、こういった日々が永遠に続けばいい、そんなふうに願っていたわ。
でも、少しずつ、少しずつ、何かがずれていった。ちょっと違うんじゃないか、そんな思いが強くなってきた。
そんなとき、とある問いに私は行き着いていた。そもそも、かかしってなんなんだろう、どういった目的で創られるのだろう。そういった自分の存在そのものを探求する問いに。
あたしたちを創った人間は、当然、この答えをわかっている。カラスなどの害獣から作物を守る、あたしたちかかしが創り出された目的はそれ以外にない。
ならば、今のあたしは何なんだろう。かかしとして生を受けたのに、カラスの一匹も追い払ったことのない、このあたし。
害獣を追い払うのが本来の役目なのに、人間を魅了することにあたしは喜びを感じている。これがかかしとしての正しい生き方だとは思えない。
もちろん、あたしたちかかしは人形の一種だ。そして人形は、しばしば子どもたちが遊び、客寄せのために店頭に置かれ、鑑賞のために飾られ、マニアが収集する。人形は人間に愛されるもの、それは厳然たる事実だと言っていいはず。
そういう意味では、人形としての役目をあたしは果たせてはいる。でも、獣を追い払うというかかしとしての役目はさっぱり果たせていない。ところが、この2つの命題を解決するには、かかしとして害獣から嫌われ追い払う役目を果たしつつ、人形として人間には好かれなければならないという、やや矛盾した役割を果たさなければならない。
不器用なあたしはそんな矛盾した存在になれるだろうか。いや、なれるはずがない。
ここまで突き詰めて考えてみると、あたしは何も成していないことに気づく。デザインは造物主任せ。移動も設置も人頼り。自分に向けられた称賛だって、結局は造物主のセンスでしかない。自分はしょせん、文字通りの人形でしかないのだ。
この結論にたどり着いた瞬間、あたしは造物主が憎くて憎くてたまらなくなった。
なぜ、かかしという矛盾した存在としてあたしを創ってしまったの? なぜ、私を普通の人形として愛される存在に創ってくれなかったの? なんで、普通のかかしの仕事をさせてくれないの?
……でも、あたしは、あたしたちはわかってる。
造物主を殺したいほど憎んでも、あたしたちは彼らに手をかけられやしないということを。
それは物理的にという意味じゃない。かかしの、いや、人形の意志として、造物主に手をかけることはどうしても無理なんだ。
かつて、私たちの先達……と言っていいのかな、に、造物主を手に掛けようとしたものがいた。その先達は人の死骸を利用して醜く創られ、名前すらも付けられず、絶望のあまり人間を何人も殺し、愛と伴侶を求めた。
でも、彼はそれでも造物主を愛していたの。造物主の死を悲しみ、その心情を振り絞るようにはき出し、そして自身の命を絶ったと伝わっているわ。
私もきっとそう。あの最低な造物主をどれだけ嫌っても、嫌いにはなりきれない。
創造してくれたこと、美しく創ってくれたこと、こうやっていろいろなイベントやコンテストなどに出させてくれて、華やかな舞台に立たせてくれること。やっぱり、どうしても憎みきれない。
先達はあまりの醜さに今でも怪物の代表格とされている。あたしの場合は、人が魅了してくれる程度には造物主が美しく創ってくれた。でも、宿っている心はあの先達ほどには美しくない、むしろみにくい。
きっと、あたしは美しい怪物としてこれから先、造物主の不快な顔につきまとわれながら、それでも人前にさらされていくんだろう。