初パーマ(続・おしゃべりさんのひとり言188)
蛾次郎さんは、僕に髪を巻くロールを三種類くらい見せてくれました。
「どれくらい細かくクリクリになるんですか?」
「そら小さい方がクリクリになるで」
「いや、あんまりきついパーマじゃなくて・・・」
僕の希望を伝えるのにも曖昧な説明しかできませんでした。
壁にはダンディー男性の白黒写真がサンプルのように貼り付けてありましたけど、どれもパンチパーマみたいな超強力なヤツで、僕が思うような若い人の写真がありません。
その頃にはもう、『ツッパリパーマ』に憧れてたわけじゃないので焦りました。
そこでさっき見ていた映画雑誌に載ってた写真を見せることにしたんです。それはアメリカの俳優さんでした。
蛾次郎さんは快く引き受けてくれて、
「兄さん、横はちょっと短いさかい、こんなふうに膨れへんで」
確かにもっと長い髪じゃないと、写真のようはいかなかったでしょう。
「じゃ、横と後ろは刈り上げてください」
これで何とか、希望は伝えました。でも、初体験にハラハラドキドキしています。
いざ始まると、あんなにも頭部全体にロットを一本ずつ丁寧に、不織布のようなシートと一緒に巻いて、めんどくせぇ~。
パーマ液がかけられると焦げたような匂いがしてきます。それにすごく時間がかかります。
そして液が浸透する間、そのまま調髪用の椅子でテレビを見ながら待ってると、
「兄さん、モクいかがっすか?」
そう言って蛾次郎さんが、缶に入ったショートホープ(フィルタの無いタバコ)を僕に勧めてくれました。そういう雰囲気のお店です。
けど僕はまだ高校生。それは「いいです」と断りました。
すると、頭から肩にかけて赤外線の出る器具を照射してくれたんですが、これが温かくって気持ちよく、その時間が心地よかったです。
やがてパーマがかかり、頭を何度も洗ってもらって鏡を見ると、意外にクリクリだったんですよ。
(あれれえ! こんなに細かくするつもりじゃないって、言ったはずなのに)
さらに乾かすと、
(なんじゃぁこりゃぁあああ!)
鏡に映る顔は、具志堅用高かって。血の気が引くのを感じました。
(パーマは失敗したら取り返しがつかないって聞くしな。家に帰ったら坊主にするしかない)そんな決心をしました。
「横、刈りまっせ」と蛾次郎さんが言うと。
「いや、刈らん方がええな」
と、ムスっとした店のオーナーさんが、隣のお客の調髪中に口を出してきました。
(このままがいいって? どんなおしゃれ感覚なんだ!?)
「若い子は、横短い方がええですって」蛾次郎さんがそう言ってくれて、チャキチャキとハサミで刈り始めました。
僕が普段行く散髪屋では、刈り上げはバリカンでやってくれてたんですが、ハサミを使われたのは初めてでした。
でもあっという間に、シルエットが変わります。
(あれ? これカッコいいんじゃないかな?)
中学の時の、天パの友達みたいな髪型になったんです。
「どうっすか? 兄さん」
「これ。これでいいです・・・」以外に似合ってるって思いました。
「ひげ剃りまっせ」
蒸しタオルで気持ちよく顔を蒸らしてもらった後、柔らかい泡を顔に塗られ、でっかいナイフみたいな剃刀で、じょ~りじょ~り。
それがすごく気持ちよかったのを憶えています。これも通い慣れた散髪屋と全然違いました。
「眉毛の下剃りまっか?」
瞼に生えた毛を剃るか聞かれたのは初めてでした。
眉に剃りを入れるのはツッパリの定番です。僕はいつもお風呂の中で自分で剃っていました。
「それ、剃らん方がええな」
と、また店のオーナーさんが口を挟みます。
蛾次郎さんは剃る気マンマンで構えてましたが、僕は「いいです」と言いました。もう疲れてどうでもいいですから。
そして最後に髪に油(何かわからない緑色のクリームみたいなやつ)を付けて、ドライヤーでエッジが立つほどセットしてもらったんですが、60年代のロックンローラーみたいな、何とも恥ずかしい髪形にされてしまいました。
3時間ぐらいかかってすべての作業を終え、首から下に巻かれたケープを外されたので、僕は立ち上がろうとしたら・・・
「まだですわ」そう言ってもう一度椅子に座らせ、頭部から肩、背中にかけて5分くらいのマッサージをしてくれたんです。
それが終わると、またショートホープを出されたので、それは「いいです」と。
値段は普段行く散髪屋の3倍くらいしましたけど、僕はこの大人なサロンが気に入りました。
家に帰って一所懸命、髪をふわっと七三にセットし直して、これで人生初パーマは(まあ何とかなったかな?)と思ったよ。
つづく
作品名:初パーマ(続・おしゃべりさんのひとり言188) 作家名:亨利(ヘンリー)