小説が読める!投稿できる!小説家(novelist)の小説投稿コミュニティ!

二次創作小説 https://2.novelist.jp/ | 官能小説 https://r18.novelist.jp/
オンライン小説投稿サイト「novelist.jp(ノベリスト・ジェイピー)」

打吹山の天女は梨ソフトクリームの夢を見るか?

INDEX|1ページ/4ページ|

次のページ
 
「もう数分ですよ……いえいえ、お気をつけて」
 百代は笑顔でお年寄り夫婦を見送って、スマートフォンの地図を閉じた。
 中村百代、二十四歳。地味な、眼鏡の職業保育士。ひとのよさ、面倒見のよさを見て取られてか、道を聞かれるのもたびたび。園児から解放されたこの日曜も、買い物に来てお年寄りに道案内。誰かの役に立つのは、うれしいことだ。もちろん、万事歓迎では無かったが。
「あのう、すみません……ぐすっ」
 振り返ると、百代と同年齢ぐらいと思しき女性がいた。半ベソをかいていた。
「私天女なんですが、人を探してるんです」
「……えっ?」
 現代の洋服を着ているすらっとした美人が、再び言う。
「天女ですが、人を……」
 さて、百代始め鳥取県倉吉市民に、「天女」という言葉はなじみ深い。
 当地の「打吹天女伝説」。国内外で見られるものと似るが、村人「[[rb:舎人 > とねり]]」と天女「浅津」の子どもたち「お倉」「お吉」から倉吉市の名が。天に帰った母親に泣きすがるように山上で子どもたちが太鼓を打ち、笛を吹いたことから市内中心部、打吹山の名が採られたという箇所に個性を持つ。
 引いて、「私天女……」なる自己紹介もできなくない。毎年恒例「打吹まつり」で選ばれる、ミス打吹天女たちには可能なことだ。
「天女って、歴代ミスのどなたかですか?」
 自称天女が、首をかしげる。
 何者に目を付けられたのか!? 百代はビビッた。
 ……が、大人の半ベソが不憫でもある。もう少し聞いてみようか。
「宗教のかたが入信者を探してるのでなければ、話を聞きますが」
「ぐすっ……応援してくれるなんて、私に対する推し活開始ありがとうございます」
 何者というか何様である。
「話をうかがうぐらいの応援はするので、話してくれませんか?」
 自称天女がうれしそうだ。
「今日人間界に戻って最初に相手にしてくれたおばさんが『打吹天女伝説』を知ってましたが、あなたも……?」
「ええ」
「私が浅津……天女壁画を見てギャン泣きした、天女の浅津です」
 言うや、またベソだ。
 なお、天女壁画は遠くない。小学校校舎の壁に大きく描かれた、天女とその子どもたち。
「ぐすっ……実は私、天上に行った後坊主にされたんです」
「坊主?」
「天上でアイドルグループのメンバーをしてて……」
「アイドル!?」
 語られる、真偽不明の物語。
 ……彼女はオフの日に人間界に来て舎人と結婚したが、アイドル活動の契約期間と恋愛禁止ルールは生きており、それを彼女は気にしていた。それで天上に顔を出すと、事務所から坊主にされ夫に合わせる顔が無くなり、拘束もされ戻れなくなり。やっと契約満了が、二日前……。
「普通に、時間軸がね」
 百代の指摘に、彼女の釈明。
「天上と人間界では一致しないんです」
 まあ百代にも連想される。玉手箱のアレは数日が一生だ。
「その服は? 天女とほど遠いけど」
 彼女は、二の腕部分をつまんで笑った。
「あ、手ごろな民家から持ち去ってきました」
「傘泥棒ならまだしも服泥棒!?」
 ああ、混迷……ダメ彼氏と絶縁して、休日のほほんとたい焼きや衣類を買いに来ただけなのに。
「ハハ、全部作り話ですよね。……じゃ、私はこれで」
 彼女は言った。
「和同開珎は置いてきました」
「それは私には過不足不明……っていやいや!」
 百代が押し返す。
「一応筋が通った物語だけど、自分が浅津だと証明できるの?」
 と、彼女は答えた。
「私の歌舞を見たいんですね? しょうがないので、天上の大ヒット『恋のしあわせ醍醐』披露しますよ! 恋の~♪」
「知らないよ」
 なお、醍醐は分かる。古代のチーズやヨーグルトだ。
「じゃあ、私の豊富な経験からあなたをアイドルプロデュースすればいいですか? 結果は出します、ハードモードに耐えて」
「ハードモードって言うな! てか私この短編小説のツッコミ担当かよ!」
 そうらしいので丁寧語を略しつつある百代は続けた。
「あーもう、人間にできないのは無いの!? そう、飛んでよ! 分かりやすく飛んでみてよ!」
「それ羽衣の能力です」
「そうだった」
「羽衣はコインロッカーに保管してきました」
「何その適応」
「人間界の推移は断片的には知ってます」
 彼女は舌を少し出して笑った。
「ねえ、飛ぶのも抜きで何か無いの?」
「雨乞いなら何とか」
「人間じゃん!」
「水浴びとかで、実際使うやつですよ」
 彼女は両の手のひらを上に向け、空を見上げた。
「冷水、弱」
 と、青空と白い雲の中に灰色の雲が湧く。
「えっ……えええ~っ!?」
 百代は、いっそ感動した。
「分かった! 分かったよ! すごい、ホントに天女なんだ」
「で当地ラブなのが私、浅津なのです」
 この得意満面である。
「今日は天気が崩れるらしいけど、雨を降らさなくもできるの?」
「ぶっちゃけ雨乞いのみです」
「あらら、そうなの……それでもすごいか」
「伝わりましたか」
「うん。……それで、探してる人って……」
 やっと聞かれると、浅津はさみしげに答えた。
「舎人です」
 百代は戸惑った。浅津の夫も、子どもたちも故人どころではない。子孫があるいは市内に、市外県外国外にいる。が、舎人その人では決してない。
「夫と子どもたちがとっくに亡くなったのは、私にも分かってます」
 百代は内心、ほっとした。
「ただ、舎人とまた出会えそうに思えるんです。舎人の顔は芸能人で言うと、Aくんそっくりです」
「へっ?」
「今日人間界に戻って最初に相手にしてくれたおばさんと、そう合意に達しました」
「そ、そっか」
 百代にも、Aくんは分かる。この短編小説の住人の特に若者にとって、芸能人のAくんはあのAくんだ。
 苦笑いする百代に、浅津は真剣に訴えた。
「舎人はきっとこの倉吉の、打吹山から遠くないところにいます。舎人も、私を見れば分かるはずです。そんな気がするんです」
「生まれ変わりとか?」
 浅津はうなずき、百代に尋ねた。
「Aくんそっくりなどなたかを、知りませんか?」
「……すまないけど、私は知らない」
 浅津のさみしげな顔に、百代は思い切った。
「でもこれも縁だし、何か危なっかしいし、夜遅くないうちまでなら手伝うよ」
「ホントですか!?」
「うん! 一緒に今の倉吉を見ながら、舎人さんを探そう! 私、中村百代って名前。よろしく」
「浅津でいいですよ。百代さん、すごくいいお名前です」
「私も百代でいいよ。あ~、私の名前って今風じゃないけど、ウケる人にはウケるね」
 二人は、笑顔を交わした。

 白壁土蔵群。
「立派な町並みです! この白は、私の色の白さにちなんだんですか?」
 浅津が明るく聞くと、百代はスマートフォンを操作し続けて答えた。
「防水用素材の色がこの白らしいよ」
「私にちなんでいいのに」
 スルーし、百代は操作を終えた。
「よし! ……あのね、今は誰かのことを他の誰かにペラペラしゃべるのが難しい時代なの」
 浅津、きょとん。
「それもあって、私の内輪に聞いてみてる。それなりいるから期待していいよ」
 同じ保育園の他、大手工場、各種お店、銀行、市役所等々勤務の友人たち。打吹山そばを足で探り、併せて広く探る二方面作戦。