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勘違い

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「また魚かよ! 俺がカネ払ってんだから俺に合わせろよ!」
 やってきた父が怒鳴って、母、兄とともに凜も凍り付いた。凜の記憶では、一週間ぐらい前に父が「魚が出すぎる」とキレて、以来初めて食卓に上った魚。小学生の凜は、お魚久しぶり、と思っていたが、父がキレるから出すぎなのかもしれなかった。
「早く肉か何かで作り直せ」
 母は「……ごめんなさい。玉子焼きでいい?」と弱々しく尋ね、父は冷たく「ああ」と答えた。
 ……夕食には父がいる日といない日があったが、凜にはいるほうがつらかった。
 間違いなく母と兄にも、父は恐ろしい存在だった。父は機嫌のいい時も少なくなく、その時の父はやさしい。が、父は常に威圧的で、怒鳴るきっかけも判らない。暴力こそ無かったが、テレビを見て政治家、芸能人やスポーツ選手をよくなじり、それは家族にもよく向かった。
 母は、「パパはお仕事が大変なのよ」と子どもたちに説明した。当然、凜も気を使い使いして接するしかないのだった。
 兄も、父に対して被害者だった。が、凜に対しては加害者だった。
 兄は幼い凜の髪を引っ張り、幼い凜に手を上げた。きっかけは判らなかった。
「……うわぁーん」
 泣かされるのが、凜の日常だった。
 母が入って、凜をいじめないように兄を叱り、凜には「お兄ちゃんは、ママを凜に取られると思い込んでるのよ」と説明した。
 が、兄は改まらなかった。凜のおもちゃを隠し、投げて凜にぶつけ、凜は泣かされ続けた。
 これは、凜が小学校中学年の時に兄が凜を無視し始めて一応の解決を見た。真の解決のわけもないが、一応ましにはなったのだった。
 ところで、凜にはまた別の問題が起こっていた。
 凜は、内気な少女に育っていた。友人とマンガや本の話をしたり、カッコよくてやさしい芸能人を応援したりするのが好きな、空想がちな少女だった。
 そんな凜を、クラスのリーダー格の女子がいじめた。それは広がり、男子たちと他のクラスも同調した。
 「バカ」「ブス」「ばい菌」と言われた。「現実から逃げて一生ひとりだ」とも言われた。凜が泣くと、「泣き虫は家にいろ」と追い打ちされたのだった。

 凜が中高一貫の女子校に通うことを、母がかけ合って、収入と世間体はいい父があっさり認めた。父は兄の進路にこだわったが、凜にはそうしなかった。
 新しい環境で、凜はいじめられないように努めた。
 悪かった成績も、将来児童福祉の仕事に就いて子どもたちを助けたい、と何となく考え始めて上がり出した。
 ところで、ある日、社会科の先生が「三従七去」という言葉を紹介した。
 昔中国で生まれ日本でも信じられた、女性に関する教え。
 三従は、女性はまず父に、結婚後は夫に、老後は子に従え。七去は、夫の親に従わない、よくしゃべる、よくねたむ等々、そんな妻を夫は捨ててよい……というものだ。
 先生は、「こんな男尊女卑は昔ですね」と笑ったが、凜は笑わなかった。父も兄も怖いままだったし、男子もやはり怖かった。
 早く遠くの大学に行って、そのまま遠くで暮らしたかった。

       *

 高等部の一年次。
 この頃になると、周りに恋愛を楽しむ子たちがそこそこいて、凜もうらやんでいた。何かあれば一瞬でリセットできる他校の男子生徒と、知り合ってみたかった。
 そんな凜の気持ちを知って、世話好きな友人が話を持ってきた。
 聞けば、顔もまずまず。性格もやさしい。凜が好きなエンタテインメントにも明るい。また、凜が推すアイドルは小学生の時からずっと「イブキくん」で、凜もその名前を口にし続けてきたのだが、「この彼もおんなじ名前だから、ちょうどいいじゃん」ということだった。
 夏休み前のある日。駅前で待ち合わせ、友人カップルが立ち会って、凜はその彼と会った。
 ……が、空想がちな凜が期待しすぎたのか、彼にはやさしさとともに弱さが漂った。それは凜にとって自分と似て、つらくもあるものだった。
 結局、彼とはそれきりだった。
 その後、秋になって、友人が得意顔で別の話を持ってきた。
「今度は顔がイブキくんだから!」
 恐れ多いと思いながら会うと、納得の美男子だった。凜は知能が下がってしまいそうだったが、相手は自信家で、父や兄の顔が重なって現れた。
 挙句、その日に相手からお断りをされた。
 凜の日々は同じだった。それは定位置なのだった。

 高等部の二年次。
 兄は進学して家を出たが、父は恐怖政治を続けていた。そんな凜に、友人が、ひさびさに彼氏候補の話を持ち込んだ。
「勘違いくん説もあるんだけど」
 と言うのを眉をひそめて一応聞くと、その彼は名前も顔も「イブキくん」ではないが、特徴がそれっぽいという。アイドルのイブキは長身で、この時髪はパーマで、やさしくて、特技は柔道初段とギター。で、この彼も同じプロフィールの雰囲気イケメンだそう。地域最優秀の中高一貫校の生徒で、校外恋愛したいらしい。
 凜は思い切って、駅前で待ち合わせた。なお、この回に立ち会いは無く、目印を知らされ放り出されていた。
「……えっと、佐藤さんですよね」
 見れば、聞き覚えがあるか無いかの声の主は、最初に紹介されたイブキだった。
「また男と待ち合わせですか? 今はどんな人なのかな」
 想定外の展開と、その目つき。怖くて、凜は答えられない。
「口もききたくないと。ま、しょうがないか」
 その時、また別の声がかけられた。
「何かモメてるんですか?」
 そこには、長身の、パーマの男性がいた。
 イブキはひるんだようだったが、「見知らぬ彼」に答えた。
「この人、いろんな男と会ってるみたいですよね」
「そんなこと……」
 凜が言いかけると、助けが入った。
「ふうん。スマホの位置情報履歴とかではっきりするのかな。ところであなた誰?」
 問われて、イブキは「通行人ですね」と吐き捨てて立ち去った。
 ……「見知らぬ彼」は、凜を見て言った。
「会えると思わなかった。佐藤凜さん」
 ……凜も、その顔と声と文言に反応した。
「……沢渡くん?」
「小学生の時には、すまなかった」
 沢渡律は、凜をいじめた男子のひとりだった。当時背は平均的で、もっと冷たい顔をしていた。
 ……凜は律から顔を背けた。何を言うべきかも、何を言われるのかも判らなかった。
「……僕は、本当は佐藤さんのことが好きだったんだ」
 律は切り出した。
「でも教室の空気に逆らえなかったし、親から中学受験の勉強を強制されるし、でも佐藤さんは音楽やスポーツの得意な芸能人に夢中だし、僕もいじめに加わった。弱いクソガキだったよね」
 律は自嘲し、凜はそれを黙って聞いた。
「合格してから、牛乳を飲みまくったりして背を伸ばした。短髪で柔道をやって、黒帯を取った後は髪を伸ばして軽音楽部でギターをやってる。佐藤さんにはもう会えないと思ってたけど、僕は佐藤さんみたいな女の子を守りたくて、好かれたくて頑張ってた。必死すぎて大爆笑でしょ?」
 ……凜の目から、涙がこぼれた。
「沢渡くんにも、ひどいこと言われて、傷つけられた」
「ごめん。泣かないで、ほらヒトがいるから」
 凜は泣き止まない。
作品名:勘違い 作家名:Dewdrop