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オオサカタロウ
オオサカタロウ
novelistID. 20912
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Clop

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 おれは、メモ用のアプリを立ち上げると、6.25と数字を打ち込んだ。その上には、昨日更新した9.23という数字がある。まあ、そんなもんだろう。今回のゴルフ店の件を含めると、安川課長とは今までに五十回の約束ごとをした。何らかの形で約束を破られるのは、八回目だ。それまでは七回だったから、五十回の約束ごとに対して七回の不義理ということで、割り算をした結果7.14という数字になっていた。こうやって眺めていると、確かに利回りの数字に見えてこなくもない。
 井出部長は、12という数字が自分のものだったということに、気づいているだろうか。
 一緒にやり遂げた仕事の数は、百二十。その内、井出部長がズルをやらかしておれが後始末をする羽目になったのは、十回。その結果、12だったのだが。昨日、スケジュールの登録ミスを隠したのと、小田取締役との会話をおれに押し付けたのと、資料を作らなければならない今日から都合よく技術展に行くのと、これで三件が追加されて。後始末の回数は一気に十三回になった。百二十を十三で割ると、残念ながらその結果は9.23になる。これは揺るぎようがない。簡単な割り算である以上、その結果にも振れ幅はないのだ。
 夕方五時、出来上がった資料を井出部長のデスクに置いて、おれは会社を出た。
 最寄り駅で降りて、ようやく暮れて真っ暗になった市街地を歩く。今日は早い時間に帰っているから、顔を合わせるのは昨日とは違う面々だ。ちょうど空き地を過ぎた辺りで、
まだ制服姿の小向が同級生数人と連れだって歩いてくるのが見えた。
「こんばんは」
 おれが言うと、小向の隣を歩く同級生が代わりに頭を下げたが、小向は顔を下げたまま歩いていった。おれは頭の中で、数字を弾き出した。そして、早足で家に戻った。美都子は、ほとんどシチューに近い煮込みハンバーグを作っていて、夕食はワインとセットだった。資料の作成が無事終わったことを話題に出して、安川の昔のミスが蒸し返されないように、案件名をぼかした話もした。風呂が終わり、いつもより酔いが回った美都子は先に眠った。
 夜の十一時。おれは何度も検算していた。着替えると、『コンビニ行ってきます』とメモを残して、散歩用のパーカーを着込み、靴箱の中に残された遼一の古いスニーカーを履いた。外は、あまりにも平和だ。この辺の夜なんてのは、昼がただ暗くなっただけ。おれはポケットに手を突っ込んで、歩き始めた。
 空き地に向かって歩きながら、思い出す。おれは昔から、人懐っこい性格だった。だから人一倍早く、こちらの人当たりが良くても相手が同じように接してくれるとは限らない、ということを知った。そして、小学校に上がって算数を習い、割り算を勉強したときに、ひらめいた。同級生と過ごす中で、一緒に遊んだ回数を、嫌な思いをした回数で割ってみたのだ。それが始まりだった。
 相手がいい人かどうかは、割り算を上手く使えば分かる。
 それ以来、おれはこの数字を頼りに、相手との関係性を測ってきた。
 美都子は、7.7。三十年近く夫婦をやっていれば、そんなものだろう。遼一は、10.5。咲子は21.2。どちらかというと、咲子の方が聞き分けがよく、今でもよく連絡が来る。
 空き地の中に足を踏み入れると、自分が中学校のときを思い出した。不良ではなかったが、こういう場所に夜集まりたくなる心理は、なんとなく分かる。そして、自分が大人になれば最後、そういった子供たちが不気味な存在になってしまうということも。おれは焼け跡のような黒く焦げた箇所に、目を向けた。火が広がらないように、囲いのようなものが立てられている。しばらくその場で辺りを見回していると、影から黒猫が現れた。おれの足をぐるりと周回したその体はかなり痩せていて、猫は焦げた囲いを爪でひっかくと、おれを見上げた。
 小向が何をやっていたのか、なんとなく理解できた。この猫が暖を取れるように、火をおこしていたのだ。やはり、おれの見立て通り、根っからの悪い奴ではなかった。おれは安心して、人慣れした様子で足元に留まっている黒猫を抱え上げた。
 ベッドタウン化されて、消毒された町。性善説に則った方針がずっと続いていて、防犯カメラの設置も反対意見が多く、見送られた。実際、必要がないぐらいに静かだ。そんな住宅街を歩いていると、取り残された団地の辺りがどうしても目立つ。今でも、体感治安は悪い。おれが家を買って住み始めたころは、例えば深夜に車のガラスが割られる事件があった。町内会長は厳しいことで有名だったが、あまりに注意書きの立て看板を作り過ぎていて、当時から美都子とおれは、逆効果じゃないかと思っていた。そういった注意書きはすぐに形骸化するし、実際に悪いことをする人間は気にしないばかりか、それ以外の善良な人間が委縮してしまう。そして、アパートの駐車場に並ぶ四台の車のガラスが粉々に割られたとき、町内会長はまず犯人捜しをした。警察に被害届を出せば済む話なのに、まず自分で聞き込みを行ったのだ。『捜査』の結果、アパートの向かいに住む無職の男が犯人と断定されたが、すぐにアリバイが証明された。そこで、人望がなかった町内会長は、自分が吊るし上げられることになった。
 万々歳だ。おれは当時仕事で疲れ切っていたが、その町内会長から行事に全て参加するよう圧力をかけられていたから、正直有り難かった。そして、新しい町内会長は反面教師のように優しいタイプだった。つまり、一番いい形で解決したのだ。だからおれとしては、夜中にバットで車の窓を割りまくって筋肉痛になったのも、今となってはいい思い出だ。
 そして去年の夏ごろ、町内会のルールを全く守らない外国人の夫婦が越してきたときは、久々に血が騒いだ。知り合いの工場で余っていた塗料のスプレー缶を引き取って、あとはいつ決行するか、日程のことばかり考えていた。あのじれったい時間を思い出すだけで、今でも手に力が籠る。
 おれの計算だと、あの町内会長は、0.7。外国人一家は、0.4だった。
 しかし、本当に何度計算しても、ダメだな。
 団地の近くまで来て、おれは聳え立つ巨大なコンクリートの塊を見上げた。本当に、何度計算してもダメだ。『3』というのは、重要な数字だ。例外は許されない。絶対的な基準を設けていないと、割り算を指針にする意味自体がなくなってしまう。
 色んな人間から『疲れませんか?』とよく訊かれて、ここまで来た。それに対する本音は『人こそ全てだ』だが、続きがある。
『だからこそ、しかるべきときは律さなければならない』
 おれは今まで、小向に六百三十九回挨拶をした。その内、返って来なかったのは二百十三回だった。割り算をすると、ちょうど『3』になる。だから、さっき挨拶を返してくれれば、大丈夫だったのだが。六百四十回に対して、二百十四回となれば、どうだろう。
 2.99。
 数字は絶対だ。『3』を切ったら最後、どれだけ面倒であっても、こちらが行動を起こさなければならない。
 おれは、団地の周りをぶらぶらと歩き回った。駐輪場に停めてある小向の自転車が見えてきて、足を止めた。仕事で疲れているというのに、手間ばっかりだ。
 おれの人懐っこさに対する代償が、これなのか? 
作品名:Clop 作家名:オオサカタロウ