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死刑囚の視点(③江藤麗)

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 金井先生の言葉に、私は頷く。孝之さんの言葉を借りれば、孝之さんは、自分のエゴのために、私の刑の執行を止めるよう国に申し出た。
私は、金井先生が私のために用意してくれたレモンティーの赤い水面をじっと、見つめている。
「こうしなきゃ、孝之さんは私を振り向いてくれなかったと思うんです」
 刑場の隣にある教誨室は、大勢の人がひしめき合っているのにしんと、静まり返っている。私は、やっぱり、今も自分がやってしまったことを後悔してはいなかった。

 こうしなきゃ、私はきっと孝之さんに振り向いてもらえなかったから。
 もし私が、二人を手にかけていなかったら。孝之さんへの想いを胸の奥底にしまい込んで、私はそのあとの人生を生きていけただろうか?
年を取ってから、古びた青春の一ページのように孝之さんのことを思い出して「ああ~、そんなこともあったな~」って笑えただろうか?

 いや、出来ない。
 私の孝之さんへの想いは、本物だったから。

 この想いを、私はどんなに時間が経っても、笑ってやり過ごすことなんてできない。
 孝之さんを、私の存在だけでいっぱいにしたい。そのためなら、私はどんなことでもする。あの優しい笑顔を、こんな私にも向けてくれた笑顔を、優しさを、私は自分だけのモノにしたい。人を愛するって、きっとそういうことだから。
時間が経てば「ああ~、そんなこともあったな~」なんて笑える愛なんて、本当の愛じゃない。そんな白線と白線をジャンプで飛び越えていくような愛なんて、本物の愛じゃない。
もう振り向いてもらえない、そうと分かると、身体を引きちぎられるような痛みに悶え、涙を流しながら本物の愛を感じられた私の人生は、きっと、幸せだったんだと思う。そして、私は本当に、罪深い人間だったんだと思う。
「皆川さんに見て欲しかった」
 私は初めて見る女性刑務官たちの手で立たされ、再び手錠と、腰縄をつけられる。
「私の、この姿を」
 後ろから目隠しがされ、金井先生のひどく歪んだ表情が消え、私の視界は暗闇に包まれる。私の生き様と、死に様を、皆川さんには最後まで見届けて欲しかった。最後まで私を気遣ってくれた、本当に大切な友達に、私は見届けて欲しかった。そうならなかったことが、もしかすると私に課せられた唯一の罰なのかもしれない。
 刑場の入口を覆うカーテンが開かれる音がし、先導役の網谷さんの「前へ」という声と共に、私は女性刑務官たちに肩と腰の辺りを押されながらゆっくりと、刑場の方へ向かう。
「どうした?」
 耳元で、網谷さんの声がする。足の裏に、刑場の入口を示す冷たいラインの感触を感じた時、私は立ち止まり、手錠を掛けられた両手を胸のポケットに、その中にしまった二通の便箋に押し当てる。そこには、孝之さんからもらった手紙と、私の遺書が入っていた。
「ゆっくりでいい」
 その網谷さんの声に、孝之さんの声が重なった気がした。どうしてだろう。二人は似ても似つかないのに。
「手を……」
私は生暖かい暗闇の中で両手をもぞもぞと動かし、警戒した女性刑務官たちが、私のシャツとズボンの生地を強く引っ張った。
「孝之さん……」
 その時、彷徨っていた私の指先が、誰かの温かい肌に触れた。それが網谷さんのものなのか、それとも、女性刑務官のものなのか、分からない。でも、私の目からは、温かい涙が溢れた。
幸せ、だった。再び歩みを進めながら、私は頬が自然と緩んでいくのを感じた。私の人生は、幸せだった。そして、これからも。

『拝啓 孝之さま

 必ず会いに行きます。必ず。

               麗』