東京メサイア【初稿】
#5.教会の十字架
都心のホテル併設結婚式場(8:30)
地上30メートルのガーデンテラス
人工芝が敷きつめられ花壇には色とりどりの季節の花々
人工芝を分ける舗道の先の角地に建てられた南欧風の教会
レンガ色の屋根から突きだすようにそびえ立つ銀色の十字架
白銀に光る十字架を支えにして屋根の上に立つ村定史郎
人工芝の上から教会を見あげ舌打ちする警官芦部
芦部 「ったく、あの野郎、全然聞かねえな」
村定 「僕は無実だ」
芦部 「だから話は降りてきたら聞いてやるから。とにかく降りてきなさい」
村定 「警察にも騙された。誰も信用しない、僕は死ぬしかないんだ」
ふうと溜息をつく芦部
芦部 「じゃあ俺が話を聞きにそっちへ行く」
村定 「近寄んな。近づいたら・・・」
打開策が見いだせずイラつく芦部
都庁会議室(8:44)
SPを2名引き連れて都庁舎に現れる奥川官房長官
SPが押し開いた会議室の扉を抜け入室する官房長官
奥川 「多くは言わん。これを知事に」
奥川から手渡されたペーパーを受け取る和田
和田「なんですか、官房長官」
眼鏡を掛け直しペーパーに視線を落とす和田
和田 「(文面を読みながら)これは?(眼鏡の奥から奥川を見あげる)東京23区の市民を対象に?」
奥川 「そうだ。猶予は3時間だ」
和田 「無茶です。今現在都内23区にどれだけ人がいると」
奥川 「政府の決定事項だ」
和田 「官房長官、東京が大混乱に陥ります」
奥川 「そこは君たちの手腕で解決したまえ。たかだか24時間の話だ」
和田 「いくらなんでも警察業務の停止まではやりすぎじゃ・・・」
奥川 「23区内の電気と通信がすべてシャットダウンされる。一時的な業務停止だ」
八村 「何が起きているんですか」
奥川 「あえて言うなら、日本国存亡の危機だ」
八村 「え?」
奥川 「大袈裟に言っているのではない。事態は東京いち都市の問題ではない」
江藤 「だったら官房長官、滝田総理が会見をおやりになるべきだと思います」
奥川 「政府がサイバーテロ集団に屈したと見られたくない、というのが総理の意向だ。ここは東京都の情報管理に不備があったということに」
江藤 「八村、都の管理に不備はあったの?」
八村 「・・・そこは何とも・・・」
和田 「でも理不尽です。このペーパーを知事に読ませろというのですか」
奥川 「和田くん、時間がないんだよ」
リモコンを操作する奥川
総理官邸の文字に続いて滝田長英首相のバストショットが懸垂モニターに映しだされる
和田 「滝田総理・・・」
滝田 「相変わらず元気そうだね、和田くん」
和田 「総理までおいでになるとは・・・」
滝田に良い印象を持たない江藤の渋い表情
滝田 「私はこの問題にはタッチしない。あくまで東京都の問題。そういう立場を貫く」
奥川 「だから江藤知事、ここは私たちの要請に応えてもらいたい」
江藤 「お言葉ですが総理、警察業務を停止してその間に都民が犯罪被害に遭ったら、誰が責任を取るんですか」
滝田 「それは・・・都民の生命と財産を守る都知事の責任だろうね」
ローカル線のホーム(8:45)
2両編成の古びた車両が終着駅に入る
まばらな乗客とともにホームに降りたつカンタロー
大きなリュックを背負って階段を上り大手鉄道の乗換駅に向かうカンタロー
到着した電車に乗りこむカンタロー
空いた座席に座り黒いリュックを胸前で大事に抱えるカンタロー
結婚式場ガーデンテラス(8:51)
教会を見あげる芦部に若い警官が近寄り耳打ちする
若い警官「先ほど本部から連絡がありまして」
芦部 「なんだ?」
若い警官「区切りのいいところで切りあげて撤収しろ、と」
芦部 「区切りのいいところ? どういう了見だ?」
若い警官「(芦部に耳打ちする)まずいことになってるらしいです」
芦部と若い警官の間を割って愛子が教会に向かってずかずかと歩いていく
ビスチェだけを纏っている愛子
その愛子に背中に向かって咄嗟に呼びかける芦部
芦部 「おい、きみ」
芦部に呼びかけを無視して教会の壁面に取り付けられた鉄梯子に手を掛ける愛子
芦部 「何してる、相手を刺激するな」
若い警官「係長、そろそろ」
教会の上で無実を叫ぶ村定と教会の梯子をのぼる愛子をチラ見して呟く芦部
芦部 「勝手にしろ」
ガーデンテラスから立ち去る芦部と警察官たち
地上に集結していたパトカーや消防車が教会下から離れていく
興味本位の野次馬も散り散りに散会する
その光景に愕然とする村定
村定 「え?」
ガーデンテラスから警官の姿が、地上から警察消防の車両が消える
村定 「ちょっと・・・」
十字架を後ろ手で押さえて立ち尽くす村定
愛子 「ちょっとあんた」
突然女性の声が耳に届いて驚く村定
屋根の端から顔を出して大声で村定に呼びかける愛子
愛子 「あんた。あんたのせいで・・・」
村定 「来るな。来たら飛び降りるぞ」
かまわず垂直梯子を登りきり屋根に据えられたコの字型の鉄棒を掴む愛子
村定 「来るなって言ってるだろう」
鉄棒をつたって屋根の上端に跨る愛子
愛子 「あんたのせいで結婚式が中止になった」
村定 「え? 僕のせいで?」
愛子 「あんたがそんなとこに突っ立てるから」
村定 「僕が教会の上にいるから? それで教会が使えないから? だったらごめん。でももうすぐ終わるから」
愛子 「罰としてあんたには慰謝料請求します」
村定 「だからもうすぐ終わらせるから」
作品名:東京メサイア【初稿】 作家名:JAY-TA