夢幻空花なる思索の螺旋階段
内容
自同律の不快
浮遊と落下
カルマン渦 断章 壱
瞼考 壱
地獄問答
異形の吾
虚体考 壱 寂寞(じゃくまく)
瞼考 弐――過去にたゆたひ未来にたゆたふ
カルマン渦 断章 弐
髑髏(されかうべ)
主体、蜂起す
静寂(しじま)
虚体考 弐 眼球
波紋
高層族
死神
水鏡
「哲学者」といふ名の犬
螺旋
浅川マキと高田渡と江戸アケミ
風紋
肉筆
位置
魔人「多頭体一耳目」の悲哀
雷雲
後ろの正面
童歌の「かごめかごめ」
鏡面界
川の中の柳の木
或る赤松の木
特異点……幻影……若しくは合はせ鏡
五蘊場(ごうんば)
玄武……幻想……
孤独、ニュートリノの如く
考へる《水》 壱 ‐ 『星の死、または死相』
πの誘(いざな)ひ
蝋燭
蟷螂(かまきり)
考へる《水》 弐‐ 『湯船、若しくは擬似胎内』
〈現在〉からの遁走の末~The Concrete Jungle
梵鐘
機織(はたおり)
影踏み
考へる《水》 参 ‐ 『神輿、また、文楽』
時計
蝙蝠(こうもり)の番(つがひ)、雪中に舞ふ
太虚、吾が頬を撫でしや
或るゴキブリの辞世の念
Laser(レーザー)光の悲哀
考へる《水》 四 ‐ 『隧道(ずいだう)、そして瀑布』
崖上にて
陰翳――断章 壱
頭痛
考へる《水》 五 ‐ 『円柱、また、塔』
「The Tower」
「塔」拙訳
陰翳――断章 弐
凝結
深淵 壱
表白
奴隷
揺れる
考へる《水》 六 ‐ 『躓きの石』
陰影――断章 参
深淵 弐
兆し
拘泥
沈下――断章 壱
孵化
奈落
残像
時の瀑布
陰影――断章 四
深淵 参
自同律の不快
不合理故に吾信ず。
――吾は何故に存在してしまつたのであらうか。
と愚問の一つでも発してみるが……、
知らず知らず自他逆転の仮象に埋没して行く……。
其処で吾はふう~と溜息をついて沈思黙考の闇の大海原で溺れる……。
――嗚呼。吾は何処ぞ!
浮遊と落下
――この浮遊感は何なのだらう。ふわふわと浮いてゐるやうでゐて、何故だらう、何処か底の知れぬ奈落へと落下してゐるやうな嫌な感じだけが脳裡を掠める……。
――さて、不意にお前は今口に出したな、《許して下さい》と。お前は今、パスカルの深淵の真つ只中なのさ、へつ。精精じたばたするがいい!
カルマン渦 断章 壱
時間もまた流れる流体の一種ならば時間のカルマン渦も時間の表層に生滅してゐるに違ひない……。その時間のカルマン渦の一つ一つが《もの》の生滅を象徴してゐるとしたならば……そこに見えるPanorama(パノラマ)は正に諸行無常の位相の数々に違ひないのだ。
その時間のカルマン渦の一つにたゆたふしかない吾はまた、ゆるりと流れ行く時間を味はひながら己の無常といふSentimental(センチメンタル)な感傷に耽るといふ極上の楽しみを満喫せねばならぬといふ宿命を自嘲してゐる……。
――あつ、これが物自体の影絵なのか……、へつ、永劫回帰なんぞ糞喰らへだ。ちぇつ、諸行無常の渦巻く音がかそけく聞こえてきやがつた!
瞼考 壱
此の世の森羅万象は存在する以上多分夢見るやうに存在することを宿命づけられ己の存在に対する不愉快故に夢を見るに違ひない筈だが、その中でも特に生物世界における瞼の出現で多分夢といふものの性格が突然変異するが如く変質したに違ひない。
多分、瞼が出現する以前は闇なるものはその概念すら無く、漆黒の闇といふものは、此の世にその名をもつて登場し瞼の出現と共に脳が創り上げた傑作の一つではないかと思ふ。
盲ひた人に尋ねると眼前には灰色の虚空が拡がつていると聞くが、さうすると、闇は視力のある人にしか見られないもので、闇の出現で夢は具象と抽象を行き来することが可能になつたのではないかと考へらるのであるが、さて、今夜瞼を閉ぢた私の瞼裡の漆黒の闇に出現する世界は吾を吾として受け入れてくれるだらうか……それとも吾は吾に侮蔑されるのか……瞼裡の闇のみぞそれを知る……か、ちぇつ。
地獄問答
――涅槃以外に輪廻転生から遁れられる術があるが……お前には良く解らうが……
――未来永劫に意識と感覚が自我に縛り付けられたまま未来永劫《私》でしかあり得ない彼の世のことかね。
――つまりは……
――つまりは……地獄さ。未来永劫自意識に囚はれ続けなければならず、その上尚も拷問の極致の中にゐ続けなければならない未来永劫に自意識が自意識としてあり続けなければならない地獄……
――ふつ、それでも未来永劫《私》でゐ続けられるのだからある種の人間にとつては極楽じやないかね。
――ふつ。それでお前は地獄に堕ちたのか……
異形の吾
Fractal(フラクタル)的に見れば地球と頭蓋内は自己相似形を成してをり、仮に脳裡に浮かぶ仮象の一つ一つが此の世に存在する森羅万象の《もの》の象徴としたならば、脳裡に浮かぶそれら仮象の全てはもしかすると異形の吾を反映した吾の仮の姿なのかもしれない。例へば深海に棲む生物の異様な姿は、漆黒の闇の中で自らの姿を妄想し続けた上に更には棲む環境に適応するためにさうなつたに違ひないのだ。私の脳裡に浮かぶ仮象といふ大海の奥底には私の知らない異形の吾が必ず棲息してゐる筈である。中には仮象の大海の水面にぬらりと現れてその異形の姿を見せる馬鹿な吾もゐるだらうが、多分奴らの殆どは私が死んでもその姿を現さずに永劫の闇の中でひつそりとその登場の機会を窺つてゐる筈だ。
――お前は誰だ。
――ふつ、お前だぜ。
虚体考 壱 寂寞(じゃくまく)
私は、私の内界の何処かに風穴のやうな穴がぽつかりと開いゐて其処を一陣の風が吹き渡るときの寂寞感が何故か堪らなく好きであつたのでその穴を「零の穴」と自身秘かに名付けてその穴について暫くの間詮索せずに抛つて置いたのであつた。
しかし、寂寞は一方で人間にとつて堪らないものであるのは確かで私も次第にその寂寞に堪えられなくなつたのは想像に難くない。
或る日、寂寞に堪えられなくなつた私は「零の穴」の探索に取り掛かつたのであつたが、それを見つけるのに二十数年を要することとなつた。
つまり私は堪え難い寂寞に二十数年間苦悩し続けたのであつた。
――あれか、『零の穴』は……
其処は月面のやうな荒涼とした世界で「零の穴」は直径一メートルくらゐのクレータのやうな穴であつた。
さて、「零の穴」を覗き込むと音にならない音と言へばよいのか、何とも奇妙な寂寞とした音ならざる音が絶えず噎び泣いてゐるやうに聴こえたが、ところで「零の穴」は正に漆黒の闇また闇の底知れぬ穴であつた。
暫く「零の穴」を覗いてゐると何度となく漆黒の闇にAurora(オーロラ)のやうな神秘的なぼんやりと発光する光とも言へない光の帯が「零の穴」全体に波紋のやうに拡がつては消え、すると「零の穴」を一陣の風が吹き抜けて行つたのである。
内容
自同律の不快
浮遊と落下
カルマン渦 断章 壱
瞼考 壱
地獄問答
異形の吾
虚体考 壱 寂寞(じゃくまく)
瞼考 弐――過去にたゆたひ未来にたゆたふ
カルマン渦 断章 弐
髑髏(されかうべ)
主体、蜂起す
静寂(しじま)
虚体考 弐 眼球
波紋
高層族
死神
水鏡
「哲学者」といふ名の犬
螺旋
浅川マキと高田渡と江戸アケミ
風紋
肉筆
位置
魔人「多頭体一耳目」の悲哀
雷雲
後ろの正面
童歌の「かごめかごめ」
鏡面界
川の中の柳の木
或る赤松の木
特異点……幻影……若しくは合はせ鏡
五蘊場(ごうんば)
玄武……幻想……
孤独、ニュートリノの如く
考へる《水》 壱 ‐ 『星の死、または死相』
πの誘(いざな)ひ
蝋燭
蟷螂(かまきり)
考へる《水》 弐‐ 『湯船、若しくは擬似胎内』
〈現在〉からの遁走の末~The Concrete Jungle
梵鐘
機織(はたおり)
影踏み
考へる《水》 参 ‐ 『神輿、また、文楽』
時計
蝙蝠(こうもり)の番(つがひ)、雪中に舞ふ
太虚、吾が頬を撫でしや
或るゴキブリの辞世の念
Laser(レーザー)光の悲哀
考へる《水》 四 ‐ 『隧道(ずいだう)、そして瀑布』
崖上にて
陰翳――断章 壱
頭痛
考へる《水》 五 ‐ 『円柱、また、塔』
「The Tower」
「塔」拙訳
陰翳――断章 弐
凝結
深淵 壱
表白
奴隷
揺れる
考へる《水》 六 ‐ 『躓きの石』
陰影――断章 参
深淵 弐
兆し
拘泥
沈下――断章 壱
孵化
奈落
残像
時の瀑布
陰影――断章 四
深淵 参
自同律の不快
不合理故に吾信ず。
――吾は何故に存在してしまつたのであらうか。
と愚問の一つでも発してみるが……、
知らず知らず自他逆転の仮象に埋没して行く……。
其処で吾はふう~と溜息をついて沈思黙考の闇の大海原で溺れる……。
――嗚呼。吾は何処ぞ!
浮遊と落下
――この浮遊感は何なのだらう。ふわふわと浮いてゐるやうでゐて、何故だらう、何処か底の知れぬ奈落へと落下してゐるやうな嫌な感じだけが脳裡を掠める……。
――さて、不意にお前は今口に出したな、《許して下さい》と。お前は今、パスカルの深淵の真つ只中なのさ、へつ。精精じたばたするがいい!
カルマン渦 断章 壱
時間もまた流れる流体の一種ならば時間のカルマン渦も時間の表層に生滅してゐるに違ひない……。その時間のカルマン渦の一つ一つが《もの》の生滅を象徴してゐるとしたならば……そこに見えるPanorama(パノラマ)は正に諸行無常の位相の数々に違ひないのだ。
その時間のカルマン渦の一つにたゆたふしかない吾はまた、ゆるりと流れ行く時間を味はひながら己の無常といふSentimental(センチメンタル)な感傷に耽るといふ極上の楽しみを満喫せねばならぬといふ宿命を自嘲してゐる……。
――あつ、これが物自体の影絵なのか……、へつ、永劫回帰なんぞ糞喰らへだ。ちぇつ、諸行無常の渦巻く音がかそけく聞こえてきやがつた!
瞼考 壱
此の世の森羅万象は存在する以上多分夢見るやうに存在することを宿命づけられ己の存在に対する不愉快故に夢を見るに違ひない筈だが、その中でも特に生物世界における瞼の出現で多分夢といふものの性格が突然変異するが如く変質したに違ひない。
多分、瞼が出現する以前は闇なるものはその概念すら無く、漆黒の闇といふものは、此の世にその名をもつて登場し瞼の出現と共に脳が創り上げた傑作の一つではないかと思ふ。
盲ひた人に尋ねると眼前には灰色の虚空が拡がつていると聞くが、さうすると、闇は視力のある人にしか見られないもので、闇の出現で夢は具象と抽象を行き来することが可能になつたのではないかと考へらるのであるが、さて、今夜瞼を閉ぢた私の瞼裡の漆黒の闇に出現する世界は吾を吾として受け入れてくれるだらうか……それとも吾は吾に侮蔑されるのか……瞼裡の闇のみぞそれを知る……か、ちぇつ。
地獄問答
――涅槃以外に輪廻転生から遁れられる術があるが……お前には良く解らうが……
――未来永劫に意識と感覚が自我に縛り付けられたまま未来永劫《私》でしかあり得ない彼の世のことかね。
――つまりは……
――つまりは……地獄さ。未来永劫自意識に囚はれ続けなければならず、その上尚も拷問の極致の中にゐ続けなければならない未来永劫に自意識が自意識としてあり続けなければならない地獄……
――ふつ、それでも未来永劫《私》でゐ続けられるのだからある種の人間にとつては極楽じやないかね。
――ふつ。それでお前は地獄に堕ちたのか……
異形の吾
Fractal(フラクタル)的に見れば地球と頭蓋内は自己相似形を成してをり、仮に脳裡に浮かぶ仮象の一つ一つが此の世に存在する森羅万象の《もの》の象徴としたならば、脳裡に浮かぶそれら仮象の全てはもしかすると異形の吾を反映した吾の仮の姿なのかもしれない。例へば深海に棲む生物の異様な姿は、漆黒の闇の中で自らの姿を妄想し続けた上に更には棲む環境に適応するためにさうなつたに違ひないのだ。私の脳裡に浮かぶ仮象といふ大海の奥底には私の知らない異形の吾が必ず棲息してゐる筈である。中には仮象の大海の水面にぬらりと現れてその異形の姿を見せる馬鹿な吾もゐるだらうが、多分奴らの殆どは私が死んでもその姿を現さずに永劫の闇の中でひつそりとその登場の機会を窺つてゐる筈だ。
――お前は誰だ。
――ふつ、お前だぜ。
虚体考 壱 寂寞(じゃくまく)
私は、私の内界の何処かに風穴のやうな穴がぽつかりと開いゐて其処を一陣の風が吹き渡るときの寂寞感が何故か堪らなく好きであつたのでその穴を「零の穴」と自身秘かに名付けてその穴について暫くの間詮索せずに抛つて置いたのであつた。
しかし、寂寞は一方で人間にとつて堪らないものであるのは確かで私も次第にその寂寞に堪えられなくなつたのは想像に難くない。
或る日、寂寞に堪えられなくなつた私は「零の穴」の探索に取り掛かつたのであつたが、それを見つけるのに二十数年を要することとなつた。
つまり私は堪え難い寂寞に二十数年間苦悩し続けたのであつた。
――あれか、『零の穴』は……
其処は月面のやうな荒涼とした世界で「零の穴」は直径一メートルくらゐのクレータのやうな穴であつた。
さて、「零の穴」を覗き込むと音にならない音と言へばよいのか、何とも奇妙な寂寞とした音ならざる音が絶えず噎び泣いてゐるやうに聴こえたが、ところで「零の穴」は正に漆黒の闇また闇の底知れぬ穴であつた。
暫く「零の穴」を覗いてゐると何度となく漆黒の闇にAurora(オーロラ)のやうな神秘的なぼんやりと発光する光とも言へない光の帯が「零の穴」全体に波紋のやうに拡がつては消え、すると「零の穴」を一陣の風が吹き抜けて行つたのである。
作品名:夢幻空花なる思索の螺旋階段 作家名:積 緋露雪