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積 緋露雪
積 緋露雪
novelistID. 70534
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蟻地獄~積 緋露雪作品集 Ⅰ

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 この虚しく私の頭蓋内に響く哄笑は、一方で、無知で空っぽの私自身の《存在》の有様に対する侮蔑であり、一方で、私は単純故に此の世の主人と化して世界を握り潰し、さうして世界を創り直す創造神の如く、《闇の夢》をむんずと掴み世界を捻り出すか、若しくは、性交時の如く、女陰にも表象可能なその《闇の夢》に、男性器を突っ込む事を夢想する思春期の性に目覚めたばかりの若者の如く、女性を性の対象として見始めた《もの》における女陰のQualia(クオリア)、つまり、感覚質の如くに、私は《闇の夢》に頭を突っ込み呑み込まれる夢想を秘かに望んでゐると看做せなくもなく、《闇の夢》はそれ故に、私といふ《もの》の発生、若しくは起動装置として、私にとっては最早必要不可欠な《もの》に為ってゐるのは、間違ひない事であった。
 尤も私は《闇の夢》を私にとっては《生》に必要不可欠な《もの》として、夢で出合ふのを秘かな楽しみにしてゐたのかもしれず、それは今もって処判然としないが、然しながら敢へて言へば、闇は光さへも呑み込むその貪婪さが、堪らなく私には心地よかったのかもしれなかった。否、もしかすると、闇を私の《存在》の天敵であると看做して、何とかして《闇の夢》を木端微塵にしたかったのかもしれなかったのである。
――《吾》だと、ぶはっはっはっはっ。
 或るひは、さう哄笑する事で、私は、《闇の夢》から逃げ出したかったのかもしれず、さうならば、私は、私にとって《闇の夢》とはそれ前にすると途轍もない屈辱感に苛まれる《もの》でしかなく、そして、それに付随する含羞によって尚更私は《闇の夢》から逃げ出したくなる事大なのであった。
 それでは何故に含羞が伴ふのかと言へば、《闇の夢》に対して女陰を喚起する己の想像力の卑猥で貧弱な様に対する含羞に違ひなく、しかし、生き物ならば、否、此の世に《存在》する森羅万象ならば、間違ひなく子を産み育てるために性欲があるのが自然な道理で、それに対する私の含羞は、私が性に対して何か隠微なものとして思ひ為し、それは私の《存在》に対して何か疚しさを隠し持ってゐる事とに違ひなく、それを知った《闇の夢》が声に為らない哄笑を上げてゐるのではないかとの疑心暗鬼に苛立ってゐるのかもしれなかった。
――否!
 私が、そんな軟な《存在》か、と自嘲してみては、己を嗤ひ飛ばすのであったが、私が、しかし、《闇の夢》を前にして恥じらってゐるとすれば、それは《闇の夢》を女陰として眺めてゐる事に外ならず、ところが、女陰を見ても既に何の感慨も起きず、性交も面倒な私は、《闇の夢》を女陰として見てゐるとすれば、私は、その《闇の夢》から赤子が誕生する事を期待してゐて、ただ、ぼんやりと無表情に《闇の夢》を眺めてゐるのが関の山で、私が、《闇の夢》にほのかに期待してゐるの事は、新たな未知の《存在》の誕生その《もの》だったに違ひないのである。
――《吾》だと、ぶはっはっはっはっ。
 私は、《闇の夢》に対して私の誕生を夢見てゐたのだらうか……。
 或るひはさうかもしれなかったが、《闇の夢》が女陰を象徴していると看做せるならば、また、《闇の夢》は不意に此の世に開いた陥穽でもあり得、其処には異形の《もの》達が己の正体を求めて犇く《存在》の塵箱、否、《闇の夢》は真っ暗な深海にも似た異形の《存在》の宝庫に違ひなく、その異形の《もの》は悉く、私に違ひないのであった。そして、私は、その異形の《吾》をちらりと垣間見る事を、怖い《もの》見たさで、《闇の夢》を見たかったのかもしれず、さうして《闇の夢》に不意にその異形の姿を垣間見せる異形の《吾》を見つけては、
――《吾》だと、ぶはっはっはっはっ。
 と、嗤ひ飛ばしたかったのかもしれなかったのである。それが、私の唯一つ残されたCatharsisに違ひなく、自分で自分を嗤ふ、《吾》の内部にひっそりと隠匿された衝動の発露が《闇の夢》となって、現はれてゐると思へなくもなかったのである。
――隠匿されし衝動?
 つまり、それは、自殺願望に似た何かに違ひなく、《闇の夢》は、私が入水(じゅすい)すべき滝壺の象徴といふのか、《闇の夢》の正体に違ひなかった筈である。
 それにしても、私の《生》は《死》の周りを堂堂巡りを繰り返す事で、何とか《生》にしがみ付き、将に砂を噛むやうな塗炭の苦しみの中でもがきながら《生》を繋いで来たといったもので、その様は、Grotesqueな深海生物も顔負けのGrotesqueな異形の《吾》の無様な《生》が《闇の夢》の前で繰り広げられてゐて、また、その《吾》の無様さを《闇の夢》から覗き見してゐた異形の《吾》はその《闇の夢》に棲息してゐたのは間違ひなく、それでも私がこれまで《生》を繋いで来たのは、その《闇の夢》に棲む異形の《吾》が縊死する様を唯見たかったのかもしれなかったのである。
(完)














蘗(ひこばえ)


 既に薪を使ふ日常を已めてしまった現代において雑木林は、その落ち葉を田畑の肥料に使ふ以外にその存在意義を失った感があるが、それを映すやうに大概の雑木林は荒れてゐるのが当たり前の風景となって仕舞った時代に生まれ落ちてしまった彼にとって、しかし、雑木林の中を逍遥するのは、日々新たな発見に出くはすので、彼にとっては荒れてゐるとはいへ、雑木林を逍遥するのは止められないものの一つであった。
 さうした或る日、彼は大きな虚(うろ)が根元近くにある一本の櫟(くぬぎ)に出くはしたのであった。
――あっ、零だ! 
と、彼は思はず胸奥で叫んだのであった。彼は樹の虚を見ると何時も
――零だ! 
と感嘆の声を秘かに胸奥で上げては、
――樹もまた《吾》同様《零の穴》をその内部に持ってゐる……。
と、何とも名状し難い感慨を持ってじっと樹の虚を眺めることになるのであったが、つまり、彼にとって樹の虚は或る種の親近感を彼に覚えさせるものの一つであったのである。
 虚の出自は零の出自に或るひは似てゐるのかもしれない。その初め一本の細い幹でしかなかった櫟等の広葉樹は、十年から二十年かけてしっかりとした幹に生長を遂げると、薪か炭の材料としてその一本の幹は切り倒される運命にあるのが、雑木林に存在する広葉樹の常であった。