テッカバ
無駄足……?
「うわああああああああああ!!」
その時、背後で男性の叫び声が上がった。高槻の部屋のある廊下からだ!
反射的に方向転換して走り出す私。本日二度目の全力疾走で角を曲がると思った通り、高槻の研究室のドアの前で男が一人腰を抜かしていた。
こいつ、高槻ゼミの学生の一人だ……。
「どうしました!?」
一瞬かりんの事が頭をよぎり、暗い憎しみが沸きあがってくる。しかしそれどころではない何かが起こっているのを感じて、ゼミ生を放ったまま半開きのドアの中をのぞくと……
まず感じたのは強烈な寒さだった。今は初夏、東京ではまだ冷房を使う必要なんてない。
壁のエアコンの操作パネルを見ると設定温度は10℃! 冷蔵庫レベルじゃない!
そして寒さに気を取られていて、急に目に入って来た“それ”を見た瞬間思考が停止してしまった。
……嘘…………。
雑然とした机の前で椅子にもたれかかっている中年の男。左胸は真っ赤に染まって、ナイフが突き刺さり、虚ろな目がこちらを見つめている。
――――高槻だ……死んでいる。
「だから言ったでしょ。無駄足だって」
いつの間にか逆立った頭の男が背後まで来ていた。悲鳴を聞いて集まって来た野次馬も大勢いる。
「は、は、は、は」
私が考えられたのはただ一つ。
最後にこの部屋から出てきたのはコイツ!
ゼミ生じゃないのに出入りしたのはコイツ!!
素情不明の不審者はコイツ!!!
あまりの事にわなわなと小刻みに震える指で男を指す。
「犯人はこの人です!」
「……へ?」
首をかしげる男を他所に、集まっていた野次馬が一斉に男に飛び掛かって取り押さえた。