テッカバ
「ところで黒御簾さん。午後はお暇ですか?」
訂正しよう。唄方くんにとって幸運なことだけじゃなく、私にとって不運な何かもあるようだ。
嫌な予感がする……むしろ嫌な予感しかしない。
「もしお暇でしたら、一度自分の職場の見学に来ませんか?」
唄方くんの職場……?
「それって、つまり?」
「そう、犯罪賭博場・鉄火場の本部です」
嫌な予感にちょっとだけ好奇心が投入された。
創作の世界では、後楽園球場の地下に格闘技場があるし、何の変哲もないロンドンの電話ボックスの下には魔法省がある。南海の孤島を丸ごと基地にしている国際救助隊だって居るんだから、それぐらい普通のことだろう。
で、私が何を言いたいのかというと、国の安全を守る鉄火場という組織の本部は、きっととんでもない場所にあるに違いない、ということ。
例えば、都庁の一部が変形して本部になるとか、地下鉄の途中に秘密の入口があるとか……。
――……思ってたのに。
橋のたもとににある交差点を行きかう大勢の人々。そびえたつ雑居ビル群。大通りを車がひっきりなしに通り、歩道を歩く人の半数ぐらいが大きめのリュックを背負って、そのジッパーからは丸めたポスターがはみ出している。
あちこちでメイドのエプロンドレスを着た客引きがチラシを配っている。そこらじゅうの看板に「ゲーム」「漫画」「電子機器」の文字。そしてそれを掲げる店へ、熱のこもった目で向かっていく人々……
「何故、アキバ……?」
途方もない喪失感を吐き出すと同時に、私は呟いた。
そう、今私たちは日本屈指の電気街にして、オタクの聖地・秋葉原に居る。
結局私は、嫌な予感と鉄火場への好奇心の二つを天秤にかけて、僅差で好奇心が勝利したので唄方くんについて来た。暇だからと奈々子ちゃんも同行する。
大学の最寄駅から地下鉄に揺られる事数分、鉄火場の本部を目指していたはずの私たちは何故か秋葉原の交差点に立っていた。
「もしかして、唄方くん……」
引きつる顔を何とか和らげようとしながら、傍で携帯をいじる唄方くんに問いかける。
「ええ、鉄火場の本部ですよ」
……やっぱり。そんな気はしてたけど、認めたくなかった。
私のイメージではもっと格式高い、人通りの少ない所でひっそりと賭博師たちが推理合戦をしているはずだったんですけど。