テッカバ
私がもっと早く彼女の弱さに気づいてあげられてれば――毎日そんなことばかり考えて過ごしている。講義にも身が入らない。ただ朝起きて、電車で登校して、教室でぼーっとして、帰ってくるだけだった三日間。いい加減止めにしようと思うのだけど、私が気丈に振舞うのはかりんへの裏切りのような気がして、体が躊躇する。
――よし! そろそろ食べて、元気出そう! そう思って味噌汁に口をつけた瞬間、いつの間にか向かいの席に人が座っているのに気付いた。
誰かと言えば、あれだ、例の彼女である。日本海を食塩水と言い切った例の彼女だ。
福神漬けを大量に盛った大皿カレーをトレイに載せて、黙々と食べている。その小さな口からは想像も出来ないスピードで切り崩されていく白米、すくい上げられていくルゥ。小柄な体に似合わない食いっぷりに、思わず私は目を見開いた。
食堂で彼女を見るのは初めてだった。が、そのあまりの勢いに私は僅かに椅子を後ろに引いてしまう。小動物系の可愛い女の子なのだが、とても今はそんな事考えていられない。子供は動物園の白クマを可愛いと言うけれど、初対面が血を口の周りに付けながら、生魚を食らうお食事シーンだったらドン引きだろう。
小動物少女の肉食獣な一面を目の当たりにして、若干の戸惑いを隠せない私に余計な考えが浮かんだ。すなわち、話しかけようという算段である。
多分数日間ほとんど人と会話をしていなかった私は、他者とのコミュニケーションを求めていたのだろう。一人で食べる食事を味気ないと思っていたからかもしれない。
「ねえ、あなた講義で同じクラスの子だよね?」
機械的に動いていた彼女の手が、カレーを載せたスプーンを持ったまま止まる。
マズイ! 私はうかつに彼女に質問を当てた講師がどうなったかを思い出す。
手を止めたまま、じっ、と私を見つめる女の子。顔つきも目がクリクリとして、体つきと同様に幼い。
「あ、いきなり声かけてびっくりした? 実はね、あなたが授業中に当てられて塩化ナトリウム水溶液って答えたとき、私も同じ講義に居たんだ」
「…………」じぃ――っ。彼女は私をみつめたまま。
「何かさ、先生は変なリアクションしてたけど、海水だって食塩水だもんね」
「…………」じぃ――っ。
「NaClってさ、何か良い響きだよね! いかにも、“食塩!”って感じでさ。カッコイイよね!」