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オオサカタロウ
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novelistID. 20912
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Zealots

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− 一週間前 −

 寂れた雑居ビルの店舗跡。がらんとしていて、最低限の電灯に照らされる埃っぽいテーブルだけが、かつての名残りのように居座っている。女は、椅子を引いて座る一歩手前で諦めたように、傍に立っていた。
 小崎は、その全身を見渡しながら、表情を変化させないように細心の注意を払った。ウール製の安っぽいコートに、ぶかぶかのブレスレット。プレス機に挟まれたようにワイヤーが曲がったバッグ。細身で、眉を覆うような前髪。あちこちで噂に聞いていた断片的な特徴を繋ぎ合わせると、それは確かに目の前の女と合致していた。五年間、ずっとメッセージでのやりとりだったが、今まで仕えてきた雇い主が本当に女だとは、思ってもいなかった。二十代後半か三十歳を跨いだ辺りで、バネのようにしなやかな雰囲気がある。こんなケチくさい場所を指定されていなければ、五年越しの感動的な顔合わせになっていた可能性すらあった。
「はじめまして。まあ、そうではないんですが」
 小崎が体を揺すりながら言うと、女は眠そうな目をゆっくり瞬きさせてから、口角を上げた。
「どうぞ、座ってください。他の二人は?」
「後で来ます」
 小崎は短く言うと、ニット帽を脱いで上着のポケットに押し込んだ。ただでさえ小柄な体は年々横方向へ拡大しつつあって、数年前まで素直にポケットへ滑り込んでいたお気に入りのニット帽も、五十歳になった今では、ゴミ箱への最後のひと押しのようにねじ込まないと、入っていこうとしない。女は、ようやくニット帽を押し込んだ小崎が座るのを待ってから、それまで隣に従えていた椅子へ座った。テーブルは真ん中から生える足一本でまっすぐ立っていて、緩んでいるネジがあるのか、安定が悪い。その危なっかしさは、今の自分が置かれている状況を体現しているようだった。ベルトの背中側にチャーターアームズのアンダーカバーを挟んでいるが、この状態から抜くのは至難の業だ。小崎は額に少しだけ浮いた汗を手の平で拭うと、言った。
「五年間、姿を一度も見せませんでしたよね。なのに、どうして今更?」
「大事な話があるからです。あなたがここにひとりで来たのは、先に行けと言われたから。違いますか?」
 女が言うと、小崎は急所を突かれたように背中を少しだけ丸めた。
「お見通しですか。まあ、人使いが荒くてね」
「あなたたちの人間関係を見極めたかったというのも、あります」
 女は、丁寧な口調ですらすらと言った。小崎は、女のブレスレットが巻かれた手に目を向けた。
「噂で聞いていた通りですね。重そうなブレスレットとか、ウールのコートとか」
 これ以上、間は持ちそうにない。脂汗を手の平で拭い、言葉が空振りするまま息だけを吸い込んだとき、女の目が入口に向き、影絵のようになったシルエットを捉えた。小崎は振り返り、二人分の影が竹尾と安積であることに気づいて、全身から力が抜けるのと同時に大きく息をついた。竹尾はリーダー格で、四十歳。海外で訓練を受けていた筋金入りの男で、背も高く体は鍛え上げられている。安積も同い年で、二十代を自衛隊員として過ごし、日本中を飛び回っていた。すぐに暴力に頼る竹尾に比べれば、安積の方が理性的で話しやすい。そして、それらの強みの代わりに贅肉だけを纏ったのが、自分だ。一応、外交が苦手な二人よりは人当たりがいいから、そっちの面で役に立ってはいる。実際、五年前に『雇い主』と初めてやりとりをしたのも、自分だ。小崎は二人に頭を下げると、前に向き直った。
「まだ、会ったとこです」
「その割に、座ってくつろいでんじゃねえか」
 竹尾が千枚通しのように鋭い目を向けながら言い、安積は周囲を見回した。
「電気が通ってる」
 竹尾はその言葉に小さくうなずき、小崎から視線を逸らせて初めて気づいたように、女に小さく頭を下げた。
「こんばんは。顔を合わせるのは初めてですね」
「どうぞ、お二人とも座ってください」
 女に促されるままに、竹尾と安積は椅子へ腰かけた。余っている椅子を指差して、安積が言った。
「うちらの呼び名は、知ってますよね。四人組です。もうひとりは待たなくていいんですか?」
「時間があまりないので、結構です。四人目には、ご自身で伝えてください」
 女はそう言うと、小さく息をついてから姿勢を正した。
「あなたたちが護衛している、町田凛奈についての話です」
 小崎は同じように姿勢を正した。町田凛奈は、十二歳の少女だ。郊外の大きな一戸建てに、住み込みの家政婦二人と暮らしている。この『雇い主』経由で依頼を受けて護衛をするようになったのは、三年前。小崎の担当は学校への送り迎えで、竹尾と安積は外周を警戒している。凛奈は、頭の回転が速い。あんな窮屈な暮らしをしていなければ、海外の大学にそのまま入れるのではないかと思えるぐらいだ。送迎の間はコンピュータの話を延々としているが、こちらが話半分に聞いていても全く意に介さない。特徴は、常に寝癖がついたままの髪と、丸い銀縁眼鏡。髪の方は使用人が無理やり整えて、残りは大きな薄いブルーのリボン型クリップで無理やり抑え込むことで、なんとか形になっている。両親がいなかろうが、窮屈だろうが何だろうが、好きなことはやる。凛奈の行動からは、そういう強い意志を感じる。小崎は、竹尾と安積が退屈そうに続きを待つ中、少しだけ前のめりになって耳を澄ませた。
 女は三人の顔を交互に見渡すと、言った。
「彼女の身柄を確保するために、専門の業者が雇われる可能性があります」
「確保ってのは、殺すってことですか?」
 竹尾が単刀直入に言うと、女は首を横に振った。
「生きたまま、という意味です。その代わり、あなた達は確実に死にます」


− 現在 −

「準備は終わりました」
 姫浦の言葉に顔の動きだけで相槌を打つと、稲場は宙を見上げた。
「お疲れ様。三週間ってとこか? 全く、手間がかかるな。この町田って奴は、引退して四年だ。一回ぐらい、組んだことはあるだろ?」
 稲場が、スタンドに立てたタブレットの画面に視線を落として言うと、姫浦は首を横に振ってから、薄いアイラインで覆われた大きな目を瞬きさせた。
「何度か。正直、気は合いませんでした」
 稲場はデスク越しに目を向けると、姫浦のどこか誇らしげな様子を見て口角を上げた。
「それは、自慢にはならないぞ。味方にとっても危険人物ってことだからな」
 姫浦は愛想笑いを返すと、タブレットに映し出された顔写真を眺めた。四角い顔に、頬の傷跡。専門はなく、毒だろうが銃だろうが、何でも使う。五体満足で引退したときは、四十歳。契約殺人を生業にしている人間からすれば奇跡のような存在だ。そして、こうやって引退した同業者から古巣に『依頼』が来るのは、さらに珍しい。
 稲場は、タブレットに表示された簡潔なメッセージを読み上げた。
「具体的な期限は切らない。とにかく、護衛に見つからないよう娘を連れ出して、父親の元へ送り届ける。送迎中は人目があるから、絶対に手を出すなと」
作品名:Zealots 作家名:オオサカタロウ