色に弱い(続・おしゃべりさんのひとり言172)
色に弱い
「誰がどっちか分からん」
サッカーの試合をテレビで見ていて、ボスがつぶやいた。
その言葉の意味は、サッカーをあまり知らないから、選手を見ても誰なんだか見分けがつかないんだと思っていたら、そうじゃなかったんだ。
僕はボスに連れられて海外旅行に行くことが多かったけど、その際に絵の具や筆、サインペンなどの画材を持っていくことがあったんです。
イラストを描くのが趣味な僕は、ボスに絵の描き方をレクチャーしたりして、海外で一緒に写生をすることもあったからだ。
でも(ボスはいつも変な色使いをするな)って思ってた。
森の中のヴィラで絵を描くと、緑を多用するのは頷けるけど、海沿いの砂に黄色や藤色を用いるセンスは、個性的だなて思ってたんだ。
でもそんなことが続くと、さすがにこんな色に見えてるんだって気付き始めた。
つまり、僕とは違う色の見え方をしてたみたい。
なのでサッカーの試合を観ていても、双方のチームのユニフォームの色の違いが判り難くって、「敵か味方か分からない」って言うんです。
そういう視覚の障害を『色弱』って呼ぶらしい。
ボスは「色仕掛けに弱いんじゃないぞ」ってよく茶化してたけど、日常生活では所どころ不便があるそうで、暗い部屋での色の識別はほとんど無理。でも信号の赤と緑ははっきり見えるらしいから不思議。
現在の会社の部下にも一人、色弱の係長がいる。
彼は作業中に色の識別に困ることがあって、手順書に記載されている色分けされた図や文字が判別できない時があるんだそうだ。
印刷すると色の彩度が落ちてより判り難くなるそうで、彼はいつもその手順書をPCモニターで見て色の確認を行っている。
その彼と出張で高速道路を移動していた時、豪雨になって前が見え難くなってきた。
係長は安全のためにゆっくり運転をするんだけど、それにしてもスピードが遅すぎる。どんどん抜かれていくもの。
「なんでこんなゆっくり走るんや?」
「前が全く見えないんです」
「前に走ってる車がか?」
「テールランプの明かりがぼんやりとしか分かりません」
水しぶきが舞い上がり、霧のように真っ白に見えるけど、僕には周囲を走っている車が十分見えてた。でも彼には白一色で、なんとか赤いテールランプだけが見える程度だったそうだ。
色盲と色弱は違うらしい。
僕は詳しくは分からないけど、ボスも係長もそう言ってた。
恐らく色弱者は、色の判別ができないんじゃなく、認識できる色の種類やトーンが少ないってことなのかな?
「この色が見えないとヤバイ」みたいな視覚テストが、よく動画サイトにアップされています。
それをやってみると最初の方は簡単に色の判別は付きますが、終わりに近づくと全く見分けが付かないような問題が出てきます。
(わざと識別できないようなレベルの問題にしてるんだな)って思いますね。
僕は普段から色の識別はしっかりできているし、見える色の種類が多い分、色弱の人からは僕がどんなふうに見えているのか、想像するのは難しんだろうな。きっと認識したことがない色があるだろうから。
逆に色弱者は、(なぜ色の識別ができないのか?)(どんなふうに色が見えているのか?)普通の人にはなかなか想像が付かないでしょう。
でも僕はこんな経験があって、色弱者の色の見え方を知りました。
今から十何年か前に、とある企業の開発室に入っていたんですが・・・
そこは紫外線を嫌う物質を扱っていたので、白い蛍光灯は使用できないらしく、黄色い照明が部屋全体に灯されていました。
僕はそのイエロールームに置かれている装置のメンテナンスに参加していて、その装置の不具合を探っていたんです。
精密機器のセンサーとかコントローラーとかを制御する配線はとても細く、太さ1㎜以下の信号線でした。
それらが20本横に並んでくっ付いているフラットケーブルと呼ばれる薄く幅広のペランペランの配線があるんですが、それらは線一本ごとに色が違い、そのグラデーションがまるで虹のようにきれいなんです。
つまり20色にも色分けされていて、黄色とオレンジのように似たような色の線も存在します。
イエロールームだとその色の違いが判りづらいんですよね。
だから小さなLEDライトを使って白い光で配線の色を確かめながら作業していたんですが、その時僕は、その装置の不具合の原因を見付けました。
茶色と紫色の配線が間違って接続されていたんです。
でもLEDを消すと、イエローライトのせいで、僕にはその二色が全く同じ色に見えたんですよ。
色弱の人ってこんなふうに見えてしまって、色の判別が難しいのかなって思います。
僕は何とかその二色を判別できないか目に力を入れて見分けようと思いましたが、LEDの白い明りがない状態だと全く違いは判りません。
だから以前にケーブル接続した誰かが、接続間違いをしていたようです。
他の個所も調べると、結構紫色と茶色の間違った接続を見付けることができました。
僕の想像ですが、その接続をしたエンジニアはイエロールーム内では茶色が紫色に、紫色は茶色に見えていたんじゃないでしょうか?
幸い大きな装置トラブルにつながるような信号ラインではなかったようですが、どことなく装置の性能が発揮できていないような感じだったのでしょう。
僕はそれを発見してから、他の装置でも紫色と茶色の配線については、しっかり確認するようにしました。
やがて約一週間ほどのメンテナンス作業が終わりました。そしてすごいことに気付きました。
その頃には、僕はイエロールーム内の紫色と茶色の配線をLEDライトを使わずとも、なんと! 見分けられるようになっていたんです。
初日は全く判別が付かなかったはずなのに、一週間も意識して見続けると、ちゃんと二色の見分けが付くようになってるなんて。人間の能力開発の可能性を知った気がしました。
目の能力不足で見えないんじゃなく、異常な環境で脳が慣れてなかったから、認識できなかっただけなんじゃないかな?
これなら色弱の人も、動画サイトのテストで根気強く色を見分ける訓練をすれば、(その障害は改善されていくのかも)って思います。
つづく
作品名:色に弱い(続・おしゃべりさんのひとり言172) 作家名:亨利(ヘンリー)