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京都七景【第十七章】前編

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「じゃ、どういうことだい、俺にも分かるように説明してくれ」
「変な話をするよ。里都子さんの正面の顔が、ある画家の描いた肖像画とそっくりで、しかも横顔は別の画家の描いた肖像画にそっくりだということだ。それがまた、それぞれに里都子さんの特徴をよくつかんでいるから、なお不思議なんだ。
 二つの絵は別々にみると、どうしても同じ人物とは思えない。ところが、同時に見れば、そこはかとなく似ているようにも見えてくる。そこに里都子さんの顔の特徴があるような気がするから、問題がさらにまたややこしくなる。とにかく、里都子さんの顔は常に正面と側面の対立を孕んでいるといっていいと思う。どうして、そうなるのか。おれなりに考えはあるが、それはまた後のこととして、その画家と絵をお知らせするよ。
 一人は、アール・ヌーボーの人気画家、アルフォンス・ミュシャ。作品は『夢想』。これが正面から見た里都子さんだ。
 もう一人は、イタリア・ルネッサンス期の画家ドメニコ・ギルランダイオ。作品は『ジョヴァンナ・トルナブオーニの肖像』。これが横顔。余計な注釈だが、ジョヴァンナは美人薄命というのか、二十代前半で早逝している。
 で、どうして印象が異なるのか。あくまでおれの推測だが、正面の顔は、誰もが期待通りと納得する、里都子さんの晴れの顔なんだと思う。どうしたって、見る人は、その美貌と佇まいに圧倒され、その裏にある真の里都子さんを想像することが難しくなる。つまり本心を隠すカムフラージュではないか。その分、横顔は、見つめられていない側に、ふと本心が現れてしまう。だから、思い詰めたような悲しい表情を湛えているのではないか。おれはそんなふうに解釈している。
 ま、後日、それぞれ画集で確かめてみてくれ。
では、もう少し話を続けるとしよう。ここからは、時間の節約を優先するため年譜的説明形式を心がけるのでよろしく。
 さて、いよいよ、晴れて許嫁と認められんがための、二人の受験戦争の季節が始まった。まず一年目。一つ年上の優男(以下「やさお」の呼び名に統一)により、初戦の火蓋が切られた。力は互角と唱えられ一進一退を繰り返しはしたものの、惜しくも敗退。優男は捲土重来を期す。
 二年目。優男と里都子さんの二人が参戦。里都子さんは大方の予想通り、祖父の母校の薬学部に合格、ひとまず一勝を飾り、許嫁への第一歩を踏み出す。優男は焦りも出たか再び無念の惜敗、次年度に必勝を誓う。
 三年目。里都子さんは、優男の後方支援に廻ったものの、思いのほか母の病い篤く、成人の日の払暁、母、不帰の客となる。里都子さん落胆甚し。優男、思いもよらぬ運命の急転回に、気力は挫け学力は伸び悩み、精神耗弱の体で受験。三敗を喫す。懸崖の縁なり。
 四年目。優男、そろそろ忍耐も限界と知り、ギャンブルに活路を求め、逆に深みにはまる。学習進捗せず。気鬱、回復を見ぬまま受験、四敗目を喫す。安全策として私立某経済大学経営学科を内緒に受験し、合格。入学手続きを取る。家族及び古川家、非難轟々。四面楚歌。進退ここに極まれり。
 おれが真如堂で里都子さんに会ったとき、古川家はこんな状況下にあったわけだ。ということで、いよいよおれの話も残すところあと三つになった。