死神と魔法使い2
降臨祭当日。
「間に合って良かったですね。よく似合ってますよ」
上機嫌なルイスの言葉に、真新しいダークグレーのスーツを着たヴィクトルは、ショーウィンドウに映った自分を一瞥して、
「大して変わんねえだろ」
「全然違いますよ!」
神が初めて地上に降り立ったとされるこの日は、朝から厚い雲に覆われて、冷たい風に人々は身を縮めている。どんよりした空に目をやって、ヴィクトルは溜め息をついた。
「相変わらず陰気な日だ」
「こんなに曇ってて、神様から地上が見えるものですか?」
ルイスの素朴な疑問に、ヴィクトルは頷いて、
「見えてる。ごろ寝でテレビ見てる感じだな。こんな雲、ただの演出だし。今頃、天使が天国の門を磨いてんだろ」
「……一気に神秘性がなくなりました」
「死神になったら、もっとガッカリするな」
「ええー……」
不満げな様子のルイスに、ヴィクトルは肩を竦める。
罪人に身を堕としても神の理を解き明かそうとするのに、神秘性を重んじるのはどういうわけだと疑問だが、口にしたらうるさそうなので、黙っていることにした。
「ほら、そろそろ開くぞ」
ヴィクトルが空を指差すと、ルイスは顔をあげた。
「あれ、いつもぼんやりしてるんですけど、なんとかなりません?」
「ん? あー、まあ、いいけど」
断ると長引きそうなので、ヴィクトルはルイスの腕を掴む。
その時、雲間から光が差し込み、どこかから鐘の音が響いた。それを合図に、周囲の人々も期待に満ちた声を上げながら、空を見上げる。
雲が静かに傍へ避け、青空が広がった。陽光が満ちる中、空に巨大な扉が現れる。人々の目にはぼんやりとした輪郭しか見えていないが、死神が触れている今、ルイスの目には、その姿がはっきりと映った。
「わあ……!」
荘厳さに、ルイスは感嘆の声を上げる。隣でヴィクトルが「あれ、掃除大変そうだよなー」と言っているのは、耳に入れないことにした。
全面に細かな装飾を施された扉が、中心から開く。その奥は虹色に揺らめいて見通せないが、天国へと続いているのだろう。
「あ」
「ヴィクトル? どうしました?」
顔を上げたままルイスが尋ねると、ヴィクトルは少し間を置いて、
「……顔見知りが、門を通っていったんでね」
「それって」
「お前の同居人候補。本人が辞退したけどな」
ルイスが顔を向けると、ヴィクトルがニヤリと笑う。
「旦那に会いに行くんだと」
「それなら、引き止めるわけにはいきませんね」
ルイスは再び空を見上げ、扉が閉まっていく様を目に焼き付けた。
再び雲が空を覆い、神の奇跡を隠す。立ち止まっていた人々も、ざわめきながら動き出した。
「ほら、もう終わりだって。行くぞ」
ヴィクトルに腕を引かれ、ルイスは空から視線を外す。
「ヴィクトル、あなた、あと何年です?」
「あ?」
「死神って、罪状によって任期が違うのですよね? あと何年残ってますか?」
真剣な表情のルイスに、ヴィクトルは頭をかいて、
「あと……5年、くらい、だな」
やけに歯切れ悪く答えるのに構わず、ルイスは腕を組んだ。
「それ、どうやったら伸ばせます? 強盗ですか? その辺の銀行を襲います?」
「おい。変なこと言うな」
呆れるヴィクトルに、ルイスは真剣な顔で、
「変ではないです。僕は本気ですよ。あなたとあと五年で別れるなんて、嫌です。どうしたらいいですか?」
「…………」
ヴィクトルは溜め息をついて、腕を伸ばすとルイスの髪をくしゃくしゃにする。
「わ!? なにするんですか!」
「アホか。そんなことしなくても、地上に残るかどうかは、本人が決められるんだよ。……だから、まあ」
ヴィクトルはニヤッと笑って、ルイスの顔を覗き込んだ。
「お前が生きてる間くらいは、付き合ってやるさ」
ルイスはパアッと笑顔になって、
「それじゃ、僕が死神になっても付き合ってください!」
その言葉に、ヴィクトルは手を引っ込めて肩を竦める。
「やだよ。お前、任期が1000年くらいありそうだし」
「酷い! いくらなんでも大罪人すぎるじゃないですか!! こんなに善良なのに!!」
「…………」
それだけ、魔道士として優秀なんだよという言葉を飲み込んで、ヴィクトルはさっさと歩き出した。
「あっ! 待ってください!」
ルイスが慌てて追いかけ、ヴィクトルの隣に並ぶ。
「じゃあ、今日はご馳走にしましょう! 僕、ローストビーフが食べたいです」
「俺が作るのかよ」
「僕に作ってほしいんですか?」
「勘弁してくれ」
街の喧騒を見下ろすように、雲間から一筋の光が漏れた。
終わり