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ボクとキミのものがたり

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【どきどき様?】




外は、厳しい寒さ。ボクは、朝からエアコンを調整してこれに立ち向かう。
この寒気は、着込んでも使い捨てカイロを身につけても耐え難い。
ましてやボクの後ろで猫のように丸まっているキミは、布団だるまのようだ。
寒さが、ボクの思考を刺激してるのでは、と思うほど、ボクの万年筆は、原稿用紙の上を踊るように文字を綴っていった。
キミの存在を何度か忘れてしまうほど、ボクは、集中していたようだ。
部屋もずいぶん暖かくなったが、この手を止めてエアコンのリモコンスイッチに持ち替えるのも気持ちが逃げていきそうだ。もう少し、このままにしておこう。

そんな頃、布団がもぞもぞと動いた気配がした。キミは、変温動物のように行動を始めた。
キミが、隣の部屋に入って行ったドアの音。さすがに暖房のない部屋は冷えていたのだろう。すぐに戻って来たようだ。
シュル…シュル…。
今までない音が、耳に入り始めた。ボクは、原稿用紙から目を離すことなく、音の連想をする。どう聞いても布が擦れる音のような。(何をしてるのかな?)
「ふぅ…。んー…。はぁ…」息のような微かなキミの声が気になる。
一瞬、振り返ってキミを見たボクは、万年筆のインクが原稿用紙に滲むほど一点に手が止まったまま、思考が走り巡る。
(な、な、なんだ?どうした?今見たのは何だ?)
(水着か、それともランジェリー?)
どちらにしても、この寒い時期に見る格好ではない…と思うボクだった。
確かに部屋は暖かい。暑いならば、まずは暖房器具を切れ。というべきところだ。
「ねえ」
声をかけ、ボクは椅子を反転しかけた。
「あ、見ちゃ駄目。駄目だよ、こっち見たら…あ、あ、きゃあ~やだぁーったら…」
キミは、足元に散らばった衣服をひと纏めに抱えると、隣の部屋にすっ飛んでいった。
キミが、立ち去った後の床に転がっていたのは、デジタルカメラ。
最近のキミのお気に入りアイテム。好きなものを見つけるとパチリパチリ撮り捲っている。
ボクは、席を立ち、カメラを拾い上げる。その姿が、姿見の鏡に映った。
どうやらキミは、この前で水着の試着でもしていたのだろう。
(見ちゃあ、まずかったかな……でもこんな所ですれば、見られたって仕方ないだろう)
ボクは、相変わらずのキミを思い、頬が緩んだ。
「ん?」
ふと触れたカメラのモニターに映し出された画像は……。
「わあ、見ちゃ駄目です!」
キミは、勢いよく部屋に飛び込んで来るとデジタルカメラを取り上げて言った。
「……あ、ごめん」
「見た?」
「いや、見てない」
「ほんと?」
「うん、本当」
「そ!」
ボクのコートを羽織って急いで飛び出してきたキミは、こちらを向いたまま、あとずさりして、隣の部屋に消えていった。
コートから伸びたキミの素足は、寒そうに震えていた。
ボクは、また椅子に戻り、万年筆を手にするも、綴った文字を虚ろに見ながら、脳裏の残像を思い起こす。
(あれは…誰?男?誰だ?海か?水着?隣でVサインしていたのはキミ。男の顔は切れてたな……ちょっとスタイルのいいヤツだったような)
ボクは、妬きもちに似た感情が胸の辺りを侵略し始めたのを否定できない。
だからと言って、ずばっとキミに聞く勇気もない。(情けないな)
(いつだろう?そうか、去年の夏、友だちと行くとか言ってたっけ?)
その頃、ボクは、嬉しくも多忙で、キミとほとんど出かけてなかった。
そういえば、その後ちょくちょく、内緒でデジタルカメラの画像を見ながら、にんまり溜め息をついているキミを見たことがあった。(それが、あれかな?)
それから、買い物にでも出かけようと誘った時も、「今日は、ちょっと駄目なの」とか
「ちょっと用事してくる」とひとりで出かけては、すっきりした顔で戻って来たキミのことなど、次々に思い当たることが浮かぶ。
これは、もしや……

――浮 気 !?

まさかキミに限って……とお決まりの台詞を思い浮かべても、ボクの行動を加えると
それは、減算されていくばかり。
(やっぱり、淋しい想いをさせてたかなぁ……。いや、いつもにこやかにボクの横に居てくれるキミは楽しそうだ。少々、子猫のような気まぐれはあるけど、可愛い)

しばらくして、部屋に戻って来たキミは、暖かなセーターを着込んだ、先ほどまでの着膨れだるま。
静かに、ボクの後ろ…いつものところに座った。
ボクは、憤りまじりの溜め息をつきながら、椅子を反転させてキミと向った。
これ以上、心が晴れないまま、悩んだり、苦しんだりするのは嫌だ。
いっそ、白黒……グレーでもいいけど、やっぱりピンク。あ、桜色がいいかな。
こんな時は、緑や青はないな。黄色信号は、やばいな。そんな余計なことはよく浮かぶ。
じっと見るボクの視線に、真ん円の黒い目がまっすぐ見返す。
眼力比べは、キミが優勢。作戦変更!
ちょっと咳払いで、間合いを計る。
「なぁに? にゃお?」
「にゃおじゃない」
「じゃあ、きゃん?」
「鳴き声を変えたって意味はない」
「そ?ついでに ちゅう?……あはは、チューだって…する?」
「あのなあ。真面目に」(あ、チューくらいした後でも良かったかな 笑)
「はぁい。何ですか?」
キミは、ちょこんと正座してボクを見つめた。
「最近、何かあった?ときどき嬉しそうだよね」
「そうかな。でも楽しいよ。美味しいものもいっぱい。また食べようね」
「じゃなくて。何処かに出かけたり溜め息ついたり。はっきり言ってよ。そのぉ・・・」
「そのぉ・・・(テンテンテン)と申しますと?」
「ボクが、かまってあげないから、誰かと…誰か他に気に入った人が居るとか」
キミは目を大きく瞬く。(図星か?)
「ばれた?八百屋のおじさんにおまけして貰ってること?」
「え?そうなの?ってそんな人じゃなく。そう、カメラに写ってるそいつは?」
「あ、やっぱり見た。素敵な人でしょ。ふふ。大好き」
あからさまな態度に 一瞬呆気に取られた。
「……好きなの?」
キミの顔が……(はぁ)……目元まで微笑んで大きく頷いた。
ボクの頚は萎れて俯いた。
その後、小首を傾げてボクを見る。少し、哀しげな目元で、口を尖らせて。
「駄目?」
「駄目じゃないけど、驚いた。そういう人が居たんだね」
「もう!」
キミの可愛い目元が吊り上がった。頬も若干、膨れたような…もっとも恐怖を感じたのは、すくっと立ち上がり、平均台を渡るように真っ直ぐボクに向って歩み寄ってきたことだ。
「どうして そんなこと言うの!はい、ちゃんと見て……」
言葉尻は、か細く頼りない声に変わっていきながら、デジタルカメラをボクに差し出す。
「これ?…これ出逢った頃の夏」
よくよく見ると、刷り込まれたdateは四年前の八月。
見覚えのあるメンズ水着。そういえば、サーフィンなどしないくせにサーフパンツを買ったことがあった。
だが、ボクの腹の余分が、画像にはないではないか。
「今もいいけど、この頃、格好良かったね」
「あ、ああ…これってボクだよね」
「うん。今年は一緒に行けるかなぁー海。だからシェープアップしてるの」
「え?ダイエット?」
「んーそれは、なかなか難しい。でも水着が似合いたいから、少し努力。…内緒でしてたのに。そうだ。一緒にしよう。恥ずかしくない程度に…ね」
作品名:ボクとキミのものがたり 作家名:甜茶