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ボクとキミのものがたり

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【アーモンド】




部屋に 明るく陽が差し込み、暖かさを感じるようになった。
原稿用紙に万年筆を走らせ、時折、眩しさにキミと選んだ奇怪な模様のカーテンを開けたり閉めたりボクが居る。

キミと図書館に出かけてから 蝶が飛んでいるのを見かけると、柔らかなスカートでボクの周りをひらひらと蝶のように歩いていたキミを思い出している。
このところ、ずっと晴れているのは、ボクの丸めた原稿用紙とキミのらくがきした包装紙で包んだてるてるぼうずのおかげだろうか。
結んだお菓子のリボンでボクの部屋の中に吊るしてある。
いつもキミが見つめてくれているように感じて、逢えない日も穏やかに過ごしていた。

なのに……今、ボクは、落ち着かない。
ボクの背中の後ろにキミの存在があるのは、以前と変わらず嬉しい。
キミが、ちょこんとフローリングの床の敷物の上に座っているという安らぎは、ボクの大切なことなのに……今、ボクは、落ち着かない。

カリカリ。コリッ。カリコリッと聞こえてくる。
ボクは、振り返りもせずに声を掛けた。
「何だか、小動物が迷い込んでいるんだけど」
「ん」
カリカリ。コリッ。カリコリッと小気味良い音の正体は、卓袱台の前でキミが食べている。
「何?」
キミが、立ち上がってボクの傍に来た。
「はい」
キミの手に持つ袋の中から一粒摘んで、ボクの顔の前に出した。
「アーモンド。これが身体にいいのよ。だから、はい、あーん」
「あーんってねぇ」
「だって、手が汚れちゃうよ。誰も見てないからさ。はい、あーん」
誰が見ていようと見ていなくても、恥ずかしいんだ。
だが、口の前にキミの指先に摘まれたアーモンドの粒を食べないわけにはいかない。
あれ?何だか、懐かしいね。ボクは、にやりと笑みを浮かべてしまった。
「あ、食べちゃ駄目ですよ」
ふふふ、遅いぞとばかりに キミの指先まで食いついた。
「もうー」
キミがその指先を唇に銜えて付いた塩をチュッと舐めた。
それなのに、キミは、自分もアーモンドを一粒摘むとカリカリコリッと齧った。
またも、その指先に付いた塩をチュッと舐めた。無意識なのか?それとも、癖なのか?
「もうひとつ食べる?」頷くボクに「次はしちゃ駄目だよ」と口に入れてくれた。
「まるで、森から迷い込んだリスだね」
「にゃお。にゃ?ねえ猫ってアーモンド食べるの?え?リスってどう啼くの?」
「さあ?」
キミは、続けざまに アーモンドをカリカリ。コリコリッ。
「でも、どうしたの?」
キミが にこにこと笑顔で話し始めたから、ボクは、キミの柔らかな温もりを腿の上に乗せて、甘い香りのする髪をくすぐったく感じながら聞いた。
「あのね。アーモンドはね、ビタミンEがいっぱいなの。細胞がぴちぴち健康的に維持できるとかぁ。女の子に多い貧血や冷え性にいいとかぁ。ビタミンEは、老化やコレステロール抑制にもいいんだって」
キミは、ボクのお腹を指で突っついた。
「こらぁ…」
「でへっ。まだ大丈夫だにゃ。でもお部屋にいることが多いから生活習慣病とか心配だもん」
「とはいっても、太っちょ猫になるぞ」
体を捻ってボクを見上げたキミが、ボクの頬に唇をくっつけた。
「嫌?……大丈夫。食物繊維も豊富だから、食べ方によっては、ダイエットになるんだって」
「ねえ、だって、だってって誰に聞いたの?」
「お料理の先生。すっごく綺麗な人なのよ」
「キミより?」
あ、しまった。キミは、猫の目のようにギランとボクを睨み、頬が膨らんだ。
ボクは、その頬を指で押し静めた。
「キミがいいよ。そっか、凄いなアーモンドパワー。あとは、調べてみよう。はい」
キミを下ろし、袋の中から一粒取り出すと、口先に咥えた。
「ふ」キミは、照れながら、その半分をカリッと噛んだ。
一粒のアーモンドが、二つになって、ボクとキミの口の中でカリカリと音を立てた。
ボクは、もう一度その唇に触れた。ちょっぴりしょっぱかった。

暫くして、キミは時計を眺め、寂しそうに帰って行った。
ボクの机の端に アーモンドの袋を「食べていいよ」と置いていった。
――鉄分補給・食物繊維で便秘解消・血液キレイ・脂肪の抑制・デトックス効果・・・
「ふぅーん。なるほどね」
ボクは、キミが居てくれたら健康なのにな、なんてことはキミには言えないけれど、キミと食べたアーモンドは、ボクの心を健康にしたと思う。

なんてことを思いながら、原稿に書き止めるボクが居る。
数粒の皮付きアーモンド。
ただそれだけなのに……。

カリッ、コリコリッ。なかなか旨いな。


     ― Ω ―


作品名:ボクとキミのものがたり 作家名:甜茶