ボクとキミのものがたり
【卒業】
日に日に日暮れは遅くなっているのだろうか。季節は……まだ冬。
ここ最近の冷えた空気と薄墨を零したような雲が覆う空が少し物悲しさを感じさせる。
キミのもふもふとした手袋で触れられたボクの頬は その感触を忘れかけてきている。
ならば もう一度してもらいたいな、と頬を触ったボクの指先は 原稿用紙に潤いを取られてしまったようだ。
恋人たちが ロマンチックに待ち侘びたホワイトクリスマスにはならなかったのに 窓越しに 時折白い影が視野にかすめて通る。
雪かな… 頭の何処かでそんなことを浮かべながら 原稿用紙に向かうボクが居る。
原稿用紙に浮かんだ言葉を書き綴る。
今日はお気に入りの万年筆のご機嫌がいいようだ。
ボクもその勢いで書いては、訂正 付け足して また書いてと調子が出てきた。
原稿用紙の後半。あと数行の処で違う言葉を思いついた。申し訳ないが さっきまでの言葉は眠ってもらおう。
ボクは、ペン先を立て気味にした万年筆で線を引く。
シャッ シャ…
一本目の書き味が 二本目の途中で 紙を削る音に変わった。
万年筆のインクが無くなったのだ。
ボクは、机の薄い引き出しから 替えインクのカートリッジを取り出し交換する。
ボクは、この作業が好きだ。
鉛筆やシャープペンシルでは味わえない使い切った満足感が、溢れる。替えている間、頭に残した思考を維持する。空のカートリッジを抜き取り、新しいカートリッジを差し込む。コトッと落ちる銀色の玉の感覚。
以前、憧れもあって ボトルインクと付けペンを使っていたが、インクを付けながらの創作は手と呼吸を乱してしまう。要はボクには向いてないというだけのことだろう。
それに 仕上げた原稿用紙をトントンと揃えていたときに 瓶を倒したことがあり、原稿は難を免れたものの、机のインク染みを片付けるのに苦労したことがあった。
そんな時に 見つけたのがこの万年筆だ。
隣の鍵のかかったショーケースには、モンブラン万年筆などが ピカピカ輝いていたけれど ボクには 何年筆… 何年経ったら買えるだろうと思うくらい遠い価格の品。
本当に 観るだけケースの宝物だった。
それに ボトルインクがまだ残っていたのでコンバーターという万年筆にボトルインクを吸入するためのインク吸入器も使えるタイプの万年筆を選んだ。
握り心地もボクの手には合っていた。
ボトルインクを吸い上げ充填していく作業は、妙にわくわくした。より万年筆を愛おしく感じるひとときだった。
でも、外出先でインクが切れた時、購入したカートリッジのインクを差し込んだ時の銀玉の抜ける感覚が 無性に嬉しかった。それ以来、主にこちらを使っている。
作品名:ボクとキミのものがたり 作家名:甜茶