小説が読める!投稿できる!小説家(novelist)の小説投稿コミュニティ!

二次創作小説 https://2.novelist.jp/ | 官能小説 https://r18.novelist.jp/
オンライン小説投稿サイト「novelist.jp(ノベリスト・ジェイピー)」
オオサカタロウ
オオサカタロウ
novelistID. 20912
新規ユーザー登録
E-MAIL
PASSWORD
次回から自動でログイン

 

作品詳細に戻る

 

Pinwheel

INDEX|1ページ/2ページ|

次のページ
 

 過去に戻れるタイムマシンができた。とはいっても、研究所に勤めて二年だから一緒に成し遂げた感覚はないし、わたしはただの助手だ。一応、将来を有望視されてはいる。研究室にほぼ泊まり込みで、白衣から安物の柔軟剤の匂いをまき散らしている開発主任の小川は、安楽椅子の形をした『装置』を見下ろしながら、誇らしげに言った。
「実用化されるまで、五年ってとこか。誰か試しに戻ってこいよ。竹下、どうだ?」
 わたしは即座に首を横に振った。試作品だから、戻って来れるかどうかは分からない。最悪、この椅子に座ったまま魂が抜けたようになって、戻って来られない可能性がある。その場にいた五人がみんな二の足を踏んだあと、根負けしたように小川の太鼓持ちである今野が短い手を挙げた。
「竹下さんっ、ぼくはいい機会だと思うけどねっ。でも君が行かないなら、仕方ないよなっ」
 今野は小柄な男で、一発ずつ弾を撃つみたいな喋り方をする。わたしが首をすくめると、小川は今野の肩をぐいっと押して、安楽椅子に座らせた。
「短いほど、リスクはないからな。半年前の深夜で、場所はここの裏口にするか。過去の自分には会うなよ」
 早口で言うと、小川は咳ばらいをしてからディスプレイに日付を入れて、今野が口を開くよりも先に『転送』ボタンを押した。今野は眠ったように動かなくなり、小川は成果を示すように両手を広げた。
「被験者、第一号だ」
「強引過ぎません? 今野さん、何か言おうとしてましたよね」
 わたしが言うと、小川は快活に笑った。いかにも、助手が言いそうなことなのだろう。竹下梨沙子、二十五歳。目指しているのは小川開発主任のポストだけど、あと五年で辿り着けるとは思えない。
「過去の本人に会ったら、どうなるんですか?」
 わたしが訊くと、小川は肩をすくめた。
「どうにもならないよ。自分のそっくりさんに出くわした記憶が残るだけだ」
 三十分ほど経過して、小川は『転送』ボタンを再度押した。光が消えて今野がゆっくりと目を開けたとき、わたしは柔軟剤の匂いがしないことに気づいて、今野に言った。
「何か、変えました?」
「主任の柔軟剤をっ、もうちょっとマイルドなやつに」
 今野が目をぱちぱちと瞬きさせながら言い、小川は一本取られたというように口を開けて笑った。わたしは戸棚を開いた。柔軟剤のブランドは、確かに入れ替わっていた。その後の打ち上げで半年前はどうだったかという話になり、今野はみんなと会わないようにするのが大変だったと言っていた。
 次の日からは、実用化に向けての調整が始まった。わたしは彼氏の遠山に『ビッグなプロジェクトが動き出したー』と報告して、その返事をずっと待っていた。遠山は、結婚を前提に交際を始めて二年が経つ。返事は遅いし、正直自分勝手な人だ。小川にはよく、男を見る目がないとからかわれている。でも、顔がいいから揉めても許してしまう。結局、好きなものはしょうがないし、変えられないのだ。『すげーな、また話聞かせてよ』という返事が来たのは、その日の夜中だった。土曜日に会う約束をして、残業をほとんどすることなく、週末を迎えた。
 仕事のストレスが減って全体的に余裕だったはずなのに、目覚ましが何故か定刻に鳴らず、わたしは待ち合わせに危うく遅刻しかけた。何とか起きられたのは、体内時計のいたずらで会社に行く時間に目が覚めたからだ。寝起きが悪い方だから、完全に偶然だ。遠山は少し機嫌が悪かったけど、夜になるころにはいつも通りに戻っていた。
 次の週は、小川が特許を取るための手順を読み直していて、今野もそれにつきっきりだった。操作が簡単すぎて機能にも制約がないから、このまま実用化はできないと悩んでいた。助手のわたしは資料をまとめるだけで、残業はほぼゼロ。驚いたのは、小川から個別に呼び出されて、『次は今野じゃなくて、君が主任をやれ』と言われたことだった。抜擢されるなんて思ってもいなかったし、間違いなく今野が後釜だろうと思っていた。
 そして週末がやってきた。今度は、浮かれていたからかもしれない。リマインダーに間違えた待ち合わせ場所を入れてしまった。それでも、機転を利かせて特急に乗り、ギリギリのところで遠山との待ち合わせ場所に辿り着いた。
『最近、いつも焦ってない?』
 遠山は冗談めかして言っていたけど、目が笑っていなくて怖かった。
 このままだと、いつか本気で怒られる。そう思って、わたしはリマインダーの編集履歴を詳しく辿った。すると、登録だけでなく更新が一件追加されていた。一度入れた後、触っただろうか。そんな記憶はない。
 次の週、今野がぷりぷりと怒って『君っ、抜け駆けは良くないぞっ』と言ってきた。小川がわたしを選んだことが広まったらしく、その週の水曜日には、今野は退職届を叩きつけて、別の宇宙研究施設に引き抜かれてしまった。試作品ができてから三週間で実用化プロジェクトのリーダーになったわたしは、今までは目を通すことすら許されたなかった書類の山を読み込むよう、命じられた。それ自体は光栄なことで嬉しかったけど。水曜と木曜は、家に帰れなかった。
 金曜日は定時で終わったけどへとへとで、電車の中で何度も寝落ちしそうになった。遠山とは土曜日に会う約束をしていたけど、それはこれだけ忙しくなると分かる前の話だったから、正直気が重かった。今や、ありとあらゆる機密情報にアクセスできるようになって、見える景色は一変していた。小川が特許を取るために構造変更を検討している資料や、試作品の図面。これを頭に入れている今のわたしは、三週間前とは別人だ。そう思ったとき、ふと気づいた。
 数年後のわたしは、一体どうなっているのだろう。
 相変わらずあの部屋に住んでいて、研究に心血を注いでいるのだろうか。わたしは電車から降りて、スマートフォンのリマインダーを開いた。一度登録した情報を編集する理由がない。わざと間違えでもしない限りは。
 なんとなく、未来の自分がやりそうなことが想像できた。
 未来のわたしは、遠山と別れようとしているのだろうか。で、揉めていて上手くいかないから、関係が深くなって手遅れになる前に終わらせようとしているのかもしれない。だとしたら、このスマートフォンをこっそりいじったのは、未来のわたしだ。
 中々やるじゃん。わたしがこうやって感心した記憶も、未来のわたしには残っているのだろうか。小川の警告があったはずなのに、めっちゃいじってくるな。ちょっと必死過ぎて、別れさせるための執念が怖い。
 次はどうやって邪魔をしてくるつもりだろう。明日は昆虫博物館に行く。遠山は嫌がっていたけど、たまにはこっちの思い通りに動いてほしいと言って、しつこくお願いした。待ち合わせはいつもの駅で、遠山はすでに車内に乗っているはずだ。電車を脱線させるぐらいのことをしない限り、邪魔はできない。
 未来のわたしがどんな仕掛けをしてくるか期待して家に帰ったけど、何もなかった。拍子抜けしてよく眠ったわたしは、何にも邪魔されることなくアラームで目を覚ました。駅まで歩いていると、休日なのに小川から電話がかかってきて、わたしはため息をつきながら通話ボタンを押して、言った。
「お休みのところ失礼します。はい、失礼されました。何でしょうか」
作品名:Pinwheel 作家名:オオサカタロウ