小説が読める!投稿できる!小説家(novelist)の小説投稿コミュニティ!

二次創作小説 https://2.novelist.jp/ | 官能小説 https://r18.novelist.jp/
オンライン小説投稿サイト「novelist.jp(ノベリスト・ジェイピー)」
オオサカタロウ
オオサカタロウ
novelistID. 20912
新規ユーザー登録
E-MAIL
PASSWORD
次回から自動でログイン

 

作品詳細に戻る

 

Blindfold

INDEX|4ページ/4ページ|

前のページ
 

 紙を埋め尽くす、大きな字。それを見たまま、加藤は固まった。
 これは、おれじゃない。
 中身があまりに汚いから『かたづけろ』と書いたはずだ。
「大きなお世話だよ」
 か細い声が真後ろから聞こえたとき、加藤は体を突き飛ばされて川に落ちる寸前で大きな石にしがみついた。膝から下を水流に飲み込まれそうになりながら顔を上げたとき、雨でずぶ濡れになった片狩は目の前にしゃがみこんで、言った。
「十年前、給食の椎茸を食べてあげられなくてさ。あやちゃんに意味分からんぐらい怒られたんだよね、わたし」
 加藤が滑りそうになる手に力を込めたとき、片狩は小さく息をついた。
『かたかたちゃん、マジで使えない』
 確か、そんなことを言われたと思う。いつもなら言い返さずに謝るだけだったけど、あの日は違った。そのまま黙ってはいられなくて、『かりかりちゃんだよ』と訂正した。
「ちゃんと謝りたいから、ここに来てって言ったんだ」
 片狩が言うと、加藤は顔をしかめた。
「あのとき、ここにいたのか?」
 片狩はうなずいた。あやちゃんが下りたところからは少し離れていたけど、草の隙間からずっと見ていた。
「ほんとに謝ろうか、ずっと迷ってた」
 誰も『かたかたちゃん』と呼ばないのに、どうして譲らないのか。ただ我が強いだけだと思っていたけど、あの日訂正したことで、ちゃんと理由があったことが、分かった。
『かたほうしか、いないじゃん』
 あれは、友達同士で呼び合うあだ名じゃなくて、片親しかいないわたしの『呼び名』だった。だから、謝る気を失くしたときのために、川のすぐ手前を選んだ。片狩は続けた。
「迷ってたらあなたがやってきて、あやちゃんを川に投げたんだよね。だから謝るって選択肢は、もうなくなっちゃった」
 加藤が縋りつく石に視線を走らせた片狩は、ふっと笑った。
「そんな感じで、あやちゃんも掴まってたな」
「川に落ちた後も、生きてたのか?」
 加藤が目を見開くと、片狩はうなずいた。
「うん、木の塊みたいなやつに引っかかってた。だから、安心して。殺したのはあなたじゃないから」
「殺しておいて、その親の店でバイトしてるのか」
 到底理解できない心理を目にしたように加藤が言うと、片狩は歯を見せて笑った。
「二人からすれば、わたしは娘の親友だから。あの二人はもう、あやちゃんより今のわたしの方が好きなんだよ。あんな優しいお父さん、あやちゃんには勿体ないね」
 加藤は、幼い子供の人格がそのまま宿ったような片狩の目に宿る揺るぎない自信を見て、理解した。欲しいと思ったものは手段を選ばず手に入れるし、そのための機転も、残酷さも持ち合わせている。
 片狩は深呼吸をすると、拾い上げたランドセルから土を払って蓋を閉じた。十年前、ママが捨てた後にすぐゴミ捨て場から回収したときは、使い道なんて思いつかなかった。ただ、この世から無くなってしまうのが嫌だっただけで、結局ここに置きっぱなしにしていた。
 加藤は、気を抜くと滑りそうになる手に力を込めると、目線だけを向けて言った。
「あんたは、狂ってるな。あのメモはなんだ。あれは、おれが書いたんじゃない」
 片狩は鼻で笑うと、ランドセルを川に放り投げた。瞬時に濁流にのみ込まれて、ランドセルは見えなくなった。
「あれはね、あなたの字を真似て、わたしが書いたんだよ」
 あの日から十年間、ママがずっと目の前にいて幸せだった。バリキャリだったころはあちこち出張に行っていたから、ほとんどの場合、家には誰もいなかった。親戚の顔の方がよく記憶に残っていたぐらいで、その寂しさを埋める方法は持ち合わせていなかった。
 でも、あのメモが全てを塗り替えた。
 次の標的であり続ける限り、わたしはママの腕の中にいることを許される。
 それを、突然帰ってきて自分の都合でめちゃくちゃにするなんて、そんなことは許されない。片狩は言った。
「今、ほんとに幸せなんだ。それを邪魔するとどうなるか、もう分かるよね?」
 加藤は気づいた。十年前、花を片手に持っていた片狩の後ろ姿。一体どんな表情で川面を見つめていたのか、今目の前に答えがあった。片狩は、全てを思い通りに実現したような満面の笑顔で、息を大きく吸い込むと叫んだ。
「誰か、助けてください! 人が落ちそうなんです!」
 土手の上で空気がざわつき始めたとき、石を掴む加藤の指の上へ吸いつくような白い手を重ねると、片狩はその指を一本ずつ石からほどきながら、バツが悪そうに舌を出して、呟いた。
「全部、内緒ね」
作品名:Blindfold 作家名:オオサカタロウ