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剣豪じじい  4章(完結)

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「五層の上から、ちらちらここが見えていた。顎の平蔵の配下の者から連絡があって、いつ来るのかと待っておったぞ。城内の警備は部下に任せ、助けにあがった。生憎この騒ぎで若い者は出払い、西の丸の忍びの館には、退職まじかの隠居じじいしかは残っていなかった。それでもいいからと来てもらったのだ。みんな若いときからのおれの仲間だ。みなさん、最後のご奉公と思ってたのみますよ」

「おおー」
半分腰の曲がった忍びもまじえ、全員が鬨(とき)の声を上げた。
寅之助と顎の平蔵の仲間はこれで三十人ちかくになった。
「はははは、なにを抜かしやがる。半分がじじいじゃねえか。しかもこっちには、おまえらの倍以上の人数だ。いつまでもぐずぐず内輪で語り合ってろ。それ、みんな、かかれー」

坊主頭の頭が命令をくだした。
が、そのとき、燃えさかっていた天守閣からの落下物の寿命がつき、ふうっとあたりが暗くなった。
瞬間、二人の超老人、伊藤一刀斎と青雲斎が白刃をかざし、跳び上がった。

大勢の足音が乱れ、暗闇のなかで叫び声が重なった。
『えい、やあ、おうっおー』
『ぐえ、んがあ、うっ』
『きえー、がお、があ』
『ぐう、があ』

『ぎゃあ……』
『がしん、がしん』
『しゃりん、がっちーん』
刀と刀がぶつかり合う音だ。

足音が右に左に響きわたる。
顎の平蔵や寅之助、次郎兵衛、伊藤一刀斎、青雲斎、重太郎、お鈴、忍びの者。
九人の忍びのじじい。

みんな刀の使い方にたけている。
ただの集団ではない。
暗い闇の中でも、心得ている。
一方、暴徒たちも、覇気のある浪人たちを集めていた。
不満の塊だけの、屑ばかりではなかった。

暗闇の中の決闘がつづいた。
そして、だんだん静かになっていった。
はたしてどっちが勝ったのか。
江戸の火事はますます燃えさかり、風も止んでいない。

ふいに、騒ぎがぴたっと止んだ。
と、風にあおられた火の塊が、また上から落ちてきた。
ぱっと照らされた門の前の広場には、血まみれの死体が重なっていた。
死体と死体の間に二本の足で立っていたのは、生き残った五人のじじいだった。

その足がぶるぶる震えていた。
いや、さらに、ばばあが一人いた。
六人の歳寄り全員が刀で杖を突き、肩で息をしていた。
全力を尽くした斬り合いで、疲労困憊の面持ちだ。

「さすがに、くたびれたぜ」
「ちょっと休もう」
「やれやれ、腰が」
一刀斎と青雲斎とお鈴だった。

そして、ふらりと頭を揺らしたかと思うと、他の者もふくめた全員が、かまわず死体の上に腰をおろした。
そして左手を死体に沿ってのばし、横になった。
横になってから、六人全員がふーっと安堵の息をついて目を閉じた。
刀を右手に持ったままだ。

それを待っていたかのように、門の向かいの石灯籠の陰から五人の悲壮的な面構えの男たちが現れた。
五人は襷(たすき)掛けで、目が釣りあがるほど、きりっと白鉢巻を締めている。
先頭の男が、頭上に聳える城を見あげ、手を合わせた。

「いざ、会津浪人の意地を見せてくれる。われら五人は、徳川幕府の隠れた元凶、保科正之の命を狙う特別突撃五人組だ。これより天守閣に闖入する。いくぞ。なむさん。いやあ」
雄叫びをあげるや、突進してきた。

仲間の死体を乗り越え、疲れ果てて横たわる剣豪じじいたちを踏みつけ、小門に飛び込んだ。
その門をくぐれば、急坂と階段が待ちかまえている。
そしてそこに、天守閣の入口があった。

「まてえっ」
小門に、黄色い絶叫が響いた。
五人のまえに、かっと目を見開いた一人の若い女が立っていた。
剣をかまえている。
頭巾を被った顔が煤で汚れていた。

うるせえ、とばかり、五人は刀をふりかざし、そのまま突っこんだ。
が女は、ふっと消えた。
すると五人の前にひらりと現れ、先頭の男が胴払いですっぱり斬られた。
が、二番目の男は、腕を見込まれた剣客だった。

菊乃と向かい合い、がっしりと刃を合わせる。
その間に、あとの三人が脇をすり抜けた。
あっという間、階段を駆け上がろうとした。
三人を逃した菊乃は、あわてた。

「きえーい」
菊乃は、相手の男を真っ二つに斬り裂いた。
だが、攻撃をし掛けながら身体をよじったが、男の刀が菊乃の足先をかすめた。
菊乃は立っていられず、そこに倒れた。
刃が脛を砕き、足の先を半分に裂いた。

と、そこに新な三人の影が現れた。
特別突撃隊とやらに踏みつけられ、覇気を取り戻した伊藤一刀斎と青雲斎とお鈴だった。
保科正之を狙う五人組の雄叫びを三人で聞いていた。

「逃がさねえ。天守閣には入れねえ」
お鈴が白髪をなびかせ、震え声で叫ぶ。
伊藤一刀斎と青雲斎が、跳ねるように後を追った。

「青雲斎さま」
すれちがったとき、菊乃が呼んだ。
青雲斎はちらり振りかえった。『おう、元気でな』そんな声が聞こえたような気がした。

伊藤一刀斎と青雲斎とお鈴には、使命があった。
お城を安全に保つ役目である。
謀反者があれば探しだし、消し去らねばならなかった。
三人は、三人の暴徒の後を追った。

老体に鞭打ち、坂と階段を越え、天守閣のなかに消えた。
──天守閣では、十七歳の将軍、家綱の避難先をめぐり、老中たちが議論をかわしていた。
老中の松平信綱、阿部忠秋、秋元富朝は、城の外に脱出させる案を述べたが、将軍の跡見人、保科正之は反対した。

「国の頂に立つ将軍が天下一の城から逃げだしたとあっては、武将の王としての面目が立たない。また外部に出れば、徳川に反感を持つ謀反者に襲われる可能性がある」
もっともな意見であった。
老中たちは、認めざるを得なかった。

「家綱様、こちらへ」
待機していた小姓たちが将軍を導いた。
すぐ下の小門で、お鈴の部下の顎の平蔵が、寅之助や次郎兵衛たちとともに挌闘しているときだった。

将軍と老中たち一行は、裏側の秘密の通路から、まだ燃えていない西の丸へ脱出した。
将軍の脱出直後、天守閣は一気に燃え上がった。
二層目の北の窓が強風で破れ、そこから火が入ったのだ。

寅之助たちは火の入る直前、菊乃や次郎兵衛、寅之助の息子の重太郎とともに外に逃れた。
小門のまえに重なっていた死体は、焼け落ちた天守閣の火炎と熱い瓦礫で燃えつき、跡形もなく消えた。

さらに、それぞれの謀反人を追っていった伊藤一刀斎や青雲斎、そしてお鈴は、天を焦がす巨大な火柱と化した天守閣と共に行方が分からなくなった。自らの役目を果たし、自ら消えていったとも受け取れた。

こうして、天守閣の将軍や老中たちを守った寅之助たちだったが、それらの事実は、だれにも知られることがなかった。
火事は次の三日目も江戸の町を燃やし続けた。
そしてその日は雪が降り、家を失った被災者は寒さに耐えられず、多くが凍死した。

江戸は、江戸城天守閣とともに一部を残し、この明暦の大火で焼き尽くされた。
江戸の住民約七十万人のうち、死者は十万七千四十六人にのぼった。

直後、江戸はあらたに区画され、生まれ変わった。
しかし、江戸城の天守閣は二度と再現されなかった。
建築費用は町の復興のために使うべし、と将軍の跡見人が主張したからである。