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剣豪じじい  3章

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3章



お茶の師匠の長谷川次郎兵衛や、会津の浪人、源兵衛の告白から分かったのは、四代将軍綱吉の跡見人であり、会津藩主の保科正之に対する曲解ともおもえる浪人たちの恨みと、その因果がはっきりしない菊乃母子の抹殺計画である。

あの日、告白途中の源兵衛が殺された。
お鈴は、小刀(こずか)を投げ、源兵衛を殺した曲者を追い、消えた。
寅之助は、迫りくる浪人一味の気配を察し、菊乃と雪之丞を守って逃走した。
籠を乗り継ぎ、無事、江戸に逃げ帰った。

剣豪になど返り咲かなければよかった、のんびり神田川の川岸でお茶をすすっていればよかったとも思ったが『力の強い者は民のために生きなければならない』という山での教えが心を落ち着かせてくれた。

江戸にもどった寅之助は、桜田門内にある会津上屋敷の脇門を見張った。
そして、出てきた武家の奉公人である中間(ちゅうげん)に、十日ほど前の会津若松城下の火事についてそれとなく聞いてみた。
使用人である中間の男は、握らせた一分銀におどろいたが、承知しましたとうなずいた。

「私は江戸の住民なので、だれかに聞いてきます。ちょっとまってください」
そう言ってまた脇門をくぐり、屋敷内に戻った。
しばらくすると勢いよく戸が開き、二人の侍がでてきた。
「会津にあった火事のことを聞きたいだとお?」
「何者だ、貴様」

「会津の白鷺城を一目見たいと申しまして倅が旅にでました。でも予定の日になっても帰りません。浅草橋までいって会津からきた旅の者に訊ねたら、火事があって人が亡くなったと言います。もしかしたら倅がと心配で心配で……」
寅之助は目をしょぼつかせ、背を丸めた。
深く瞬くたび、伸びた眉毛の先が小さく揺れる。

「あのな、お年寄り。まず言っておくが、会津若松にある城は白鷺ではない。鶴だ、鶴ケ城だ」
「ああ、その鶴ケ城です。火事があって人が死んだそうで、しかも放火と聞きました。犯人は捕まったのでしょうか」
「じいさん、だいじょうぶだよ。旅人は死んでないよ」
「焼けたのは武家屋敷だ。それに町家がすこしな」

「私は御家人で、倅は会津に同じ御家人の知り合いがおるそうで。その焼けた武家屋敷とやらはどなたのお屋敷でございましょうか?」
この質問に、二人の男は顔を見合わせた。
「我々は、そこまでは知らぬ」
「亡くなったのは屋敷の者ということだ。外部の者はいないので安心しろ」

「あのう、放火犯の方はどうなったんでしょうか?」
「おい、なんでそんな心配までする。おまえの息子は火付けの癖でもあるのか?」
「とんでもありません。ただ、ちょっと気になったもので」
「さあもういいだろう。帰れ、帰れ」
追い払われた。

江戸の会津藩の上屋敷を訪ねて分かったことは、会津の侍たちも会津若松にある焼けた菊乃の屋敷の主を知らないし、放火犯の犯人も捕まっていないらしい、ということだった。

また、お鈴のことが気になった。
たった一年間だったが、お鈴は寅之助の若き日の恋人であり、剣術の弟子でもあった。
千住の宿で乞食同士として出遭ったが、会津若松で再会したときはまったくの別人だった。

昔、自分は、くノ一の間諜(かんちょう)だったと白状したとおり、たんなる乞食の婆(ばば)あではなく、江戸から会津にきた浪人や会津の浪人たちの動きを探っているかのごとき言動だった。
もう歳も七十近かったが、忍びは自分の趣味でやるものではない。
目的があり、だれかの指示で動く。

源兵衛が手裏剣で殺されたとき、犯人を追って姿を消したが、それきり音沙汰がない。
七十の婆が、いったいなにをやっているのか。
あのとき、お鈴は源兵衛に問いただそうとした。

『菊乃母子を殺せと命じたのはだれだ』
『知らない』
『江戸からきた浪人はなにをしに会津にきた』
『じつは江戸で……』
お鈴におどされ、源兵衛が白状しかけた。
しかしそのとき、隠れていた別の忍びらしき者に手裏剣を額に刺され、殺された。

会津藩前藩主、加藤成明の裁きに不満を抱く会津城下の浪人と、徳川に恨みをもつ江戸の浪人が結託し、なにかを計画しているのか……。
寅之助は、茶屋の縁台で茶をすすりながら考えた。
青く茂る柳。
町屋の景色は相変わらず平和そのものだ。

菊乃と雪之丞は、茶の師匠の長谷川次郎兵衛の屋敷にいる。
雪之丞の面倒をみる女中もいたし、腕の立つもと侍の茶の弟子もそばにいる。
寅之助の御家人屋敷よりも安全だ。
「大雑把な世間の動きは大名たちとの談話で分かるが、細かな状況や人間関係などは雑談の範囲ではない。まあ、なんとか探ってみよう」

過去に命をかけて戦った相手である次郎兵衛は、そう言ってくれた。
憶測だと前置しながら、事実らしき情報を吐露した源兵衛の言葉に手掛かりがありそうだった。
病弱な長男しかおらず、しかも正室が嫉妬深く側室を許さない徳川幕府の有力大名。

また、会津騒動でお裁きを受けた加藤藩の家老、堀主水の名誉を回復し、新たな国を与える、などと約束ができる人物は四代将軍綱吉だけである。
ちなみに、嫉妬深さと独占欲で側室を許さなかったのは、二代将軍秀忠の正室『お江(おこう)』だった。だがそれは過去の話である。

『じつは江戸で……』と、かなり真面目な気質らしき源兵衛は、なにかを訴えかけた。
その件について、次郎兵衛はこんなことを口にした。

「二代将軍、秀忠が取り潰した大名は三十九人、三代将軍家光が取り潰した大名は四十九人。浪人の数は年々増えている。五年まえ、由比正雪が乱を起こし、その翌年、浪人の戸次庄左エ門一味が芝の増上寺で行われた秀次の夫人であるソウゲンインの二十七回忌を狙って老中殺害の計画をたてたが、仲間の告げ口で発覚した。その結果、幕府は浪人を徹底的に警戒するようになったが、浪人たちは今も巷(ちまた)あふれ、遺恨は膨らみ続けている……」
茶人である次郎兵衛の表情に、以前の剣豪らしく緊張感が広がった。


江戸の浪人たちはなにを考え、どんな生活をしているのか。
寅之助は、二センチ四方の障子紙で見事な鶴を折った京橋の裏店(うらだな)の住人、大野一馬を思いだした。
大家が家賃を請求に行くと、『金はない』と刀を抜いて脅していた浪人である。

京橋の賑やかな大通りを歩く。
にぎやかな表通りの大店(おおだな)の店と店の間に、裏側へ通じる路地がある。その入り口には木の柵が設けられ、木戸番が小間物や菓子類などを並べ、番をしている。
ここ一、二年にできた町の保安のための施設だ。

「大野一馬殿に用がある」
声をかけ、木戸を通り抜けた。
すると、以前の閑散とした裏通りに人影があった。
それもみな浪人とおぼしき男たちである。腰に刀をつけた者もいれば丸腰の者もいる。
それがあちこちを向き、乱れながら列を作っていた。

羽織を着た二本差しの老人である寅之助の出現に、おどろきの目を向ける。
「お役目でしょうか?」
くたびれた着流し姿の二本差しの男が、敵意のある眼を向ける。
「暇つぶしの隠居の散歩である」
それでも、いちおうは直参の侍らしく胸を張る。

他の男たちも寄ってくる。二十代から三十代とみんな若い。
「暇つぶしのご隠居の後御家人が、こんなところに何用でしょう」
作品名:剣豪じじい  3章 作家名:いつか京