ウィタセクスアリスー言の葉の刃
ウィタ・セクスアリス__言の葉の刃
第一部
長らくご無沙汰してますが私を覚えていらっしゃいますよね?よもや忘れたとは言わせませんけど。
あなたは私にとっての最初の異性で性愛の師だから、先生と呼ばせていただきますね。
まだちゃんと生きていらしたんですね。先生はかつてセックスできなくなったら死んでいいとか言ってたと思うんですけど、生きてるってことは現役なんですか、すごいですね。そういうわけじゃないの?ふうん、うそつきですねえ。何歳すぎてできなくなったら自殺する、みたいな言い方してましたよね。年齢なんて個人差あるんだし生死をかけるような軽はずみな発言はしないほうがいいですよ。口にした言葉は実現するっていうじゃないですか。あ、でもたまにはできたりしたから自殺しないで済んでたんですね。ま、決意も時代も変わりますよ。周囲の人間との関係があるわけだし自分の命とて一存でどうこうはできませんよね。私だって自殺未遂もせずこうして生き延びてきたんだし。
私は人生で先生だけを好きになったわけではないけれど、あの頃は先生だけを好きだったんですよ。今から思うと何もわかってない無知な小娘でしたよね。今ならある程度わかりますよ。男の人の二面性も、どんな優しい男性にも多少の強姦願望くらいあるとか。でもね、あの時の私は先生が私にはダークサイドしか見せてくれなくてちょっと残念だったんですよ。どうしていいかわからないことばかりだったんですよ。
先生と最初に出会った時私は15歳でしたね。
その頃の私は先生の語る、例えば川端康成の「眠れる美女」が非常にエロティックだとかそんなたぐいの話の端々に、時折暗い水面に浮かぶ魚が鱗を光らせるようにきらりと現れるきわどい言葉の片鱗に妙に心を(おそらく体も)揺さぶられたりしていたんですよ。
そうして一年くらい経て、どうも先生に対して恋愛感情を持ってしまったのを自覚して大いに焦りました。よりによって好きになってはいけない相手を好きになって。アニメのキャラに熱上げてるような私がいきなり飛び級して大人の恋愛、しかも既婚者相手って。ハードル上げすぎですね。
この人を好きになることは罪なのか、と常に何かに問いかけて、この段階ですでに陽の当たらない側になると覚悟して、私のことだから一生引きずりそうだ、と暗澹たる思いで行く末を見つめて。私の前に横たわるのは輝かしい未来ではなく、先の見えない不穏な闇。こっちにいけば地獄だろうとわかっているのにそっちを見ないではいられない。自転車やスケートを覚えたての頃ってそっちにいくと溝にはまる、よけなきゃ、と思えば思うほど、そっちに行っちゃったりしませんか。そんな感じで恋愛初心者の私はどうしようもなく引き寄せられて闇の深淵を覗きこんでしまいました。そんなものを見てしまったらとてもじゃないけど明るく青春を謳歌なんかできませんよ。でもそこは周囲に怪しまれないように徹底してポーカーフェイスを貫き通しましたけどね。そして膨らみ続ける叶えてはならない片想いと、忘れなければという思いで葛藤しながら耐えていたのですが、ついつい熱のこもった目で先生を見ていたのかもしれません。
そういうの薄々にじみ出ちゃってましたかね?結局、高校を卒業してから私の恋が実って?先生と結ばれることになってしまいましたものね。
最初のきっかけってなんだったんでしょう。ちょっと思い出せないんです。
だって最初のデートの日にちは決めてたでしょう。体の都合もあるし、成り行きでベッドインしたわけじゃないんですから。デートすることを決める前にどんな話をしたんでしたっけ。
私がダメもとで先生に告白したのか、先生に私を欲しいって言わせるように誘導してたか。よく覚えてないんですけど、きっと私が何か言ったんでしょうね。先生に最初の相手になってほしいとかなんとか。
細かいことは忘れたんですけど、そう、その時の先生の返事は覚えています。
「それは、俺に処女をくれるっていうこと?」
なんかすごくないですか、このセリフ。私そんなに陳腐な言い回ししたんでしょうかね。
なんで覚えてるんでしょうね。相手の言葉って結構覚えてるもんですね。
一生に一人の女(ひと)にしか好きとは言わない主義の先生が私に「好き」と言ってくれないのはわかっていても、私はやっぱり「好きです」って言ったような気がします。期待はしなかったけど、「俺には応えてあげられないけど」って正直に言われた気がするので。こういう時は嘘も方便だろ、って今は思いますけどね。
そして、先生は私の肩を抱き寄せてキスしましたよね。最初は軽く、と思いきや次の瞬間にはかなり濃厚な、舌を入れてくるような。それマジでファーストキスですよ、私には。先生は煙草の味の舌で私の口の中を蹂躙し、「舌をだして」と要求し舌の付け根がひきつれて痛みを覚えるほど強く吸ったり。さらに私の手をとってズボンの上から膨れた下半身を触らせたり、私の服と下着をまくり上げて「吸わせて」と私の子供みたいな胸の先端を口に含んだり。
当時の私は完全に固まってましたね。大人の階段を高速エレベーターで昇っちゃって高所順応が間に合わなかったんですよ。その場に誰もいなかったのをいいことに、そんなことになってて。男と寝るとはこういうことだ、覚悟を決めろということだったのですか?手を引くなら今のうちだ、と?
気弱な子だったらそこでビビッて泣き出しかねない、かなりギリギリの危険な賭けにでたものです。まあ惚れてた私は覚悟を決めちゃったわけですけど、そのあたりは見透かされてましたか?この娘は俺に抗わないに違いないって。「ちょっとずつ慣らしておかないといざって時にこんなに変わってしまうのか、とびっくりされちゃうから」と、最初のデートの日までのひと月くらいの間がそういう慣らし期間になってしまいましたね。そう、確かに先生はあの場面ではダークモードに変わりましたとも。慣らしたところで意味なかったですけどね。
そうそう、先生の信条というか持論に「恋愛の前に道徳も倫理さえもくだらない」というようなのがありましたよね。
じゃあ私の恋愛も倫理を超えるとみなしていいのかしら?なら不倫って言葉は使いません。先生はどうなの?ああ、そう、私に対しては恋愛感情もっていないから倫理にもとる単なる浮気ね。当時の18歳は未成年だしね。スリリングなひと時を楽しみたかったんですよね。私は本当に心から先生を愛していたんですけど、先生にとって私は情欲の対象でしかありませんでしたよね。「10代とヤって、処女とヤって」って喜んでたもんね。
さらに、しばしば語られた師匠のお言葉集の中に「あらゆることが自分の責任」みたいなのもありましたよね。
作品名:ウィタセクスアリスー言の葉の刃 作家名:ススキノ レイ