タケノコ泥棒(続・おしゃべりさんのひとり言149)
タケノコ泥棒
河原に生えているタケノコって、誰でも採っていいんですって。
本当は河川管理事務所に確認した方がいいですけど、河原には土地の所有者がいないので、管理事務所もタケノコが収入源って訳じゃないから、大目に見てるんでしょうかね。
でも山のタケノコは、たとえ公園であってもそうはいきません。
近所の里山にタケノコが生えるんですよ。でもそこ荒れ放題だったんです。
うちの家から50メートル東にこの山がひとつだけ、と言うより平地に丘がポコンとあるんですが、階段50段くらいで頂上に着きます。
頂上付近は公園として整備されていて、遊歩道や遊具もあって、僕は引っ越してきた当初は、春に山菜を採りに行ったり、夏には木苺やビワ、秋に柿やアケビなんかも。犬の散歩や軽いジョギングなどに利用していましたが、夏は蚊が多くてね。
娘も小学生の頃、遊びに行ってはドングリを拾ったり、どこかに秘密基地を造ったりしてるようでした。
春には満開の桜が人知れず咲き誇っています。カブトムシも捕れるんでしょうけど、僕は見たことありません。住宅に囲まれた緑地だというのに、たまにサルさんやおキツネ様が出ます。
昔は小さな山城があったそうで、頂上付近の藪の中には、今もその当時の石垣が残っていて、瓦なんかが砕けて落ちていますね。それらに価値はないんでしょうか。
そしてこの山、地理学的にも重要な測量拠点だそうで、頂上には三角点まであるんです。
でも、まったく有名な場所じゃないし、地元の人もほとんど訪れません。つまり荒れ放題で、あまり誰も近付かない場所だったんです。
この山自体は市有地になりますが、その一部はうちの自治会に里山の維持管理が任されていて、僕は参加していませんが近所の人たちで作る青年会が、この惨状の改善に乗り出して10年が経ちます。
また麓にある原っぱや竹林の一部は町内の方々が所有されている土地ですが、そこも含めて再整備が行われてきました。その代わりとして、近所住人はそこを自由に使わせてもらってるんです。年に数回草刈りや、木や竹の伐採を行い、町内で家庭菜園のような畑を作って、子供たちを集めて収穫祭やBBQをされたりしているのです。
以前とは比較にならないくらいきれいになって、また散歩に訪れる方も増えてきました。
僕がこの地に引っ越してきた当時は、竹林のタケノコは採り放題だったので、ご近所さんからお裾分けをもらったりしてました。が、15年くらい前から『竹の子採取禁止』の看板が立つようになったんです。
突然誰が立てたのか分かりませんでした。看板には管理者が何者かの記載は何もなかったけど、「私有地まで市が勘違いして立てた」とか「山の裏側の町内が勝手に立てた」という噂はありました。
それで皆さん、タケノコを採りに行くのを憚られてしまい。僕も残念でした。
4~5年前、僕が町内会の組長に当たっていた年に、自治会の集会でこの里山の管理状況の報告があり、その時、タケノコを採ったらダメな理由を聞いた人がいました。
僕もそれには興味があり「竹を伐採するより、タケノコの状態で間引いた方が、伐採後の竹処分に困らないから、計画的にタケノコ狩りをしたらどうか」と提案しましたが、そもそも『竹の子採取禁止』の看板を立てた経緯さえ知る人がいませんでしたので、この話は保留になりました。
ところが今年、気が付けば、その看板が撤去されていたんです。
僕はこの山中を見て回りましたが、どこにもあの看板は残っていませんでした。
ということはですよ。もうタケノコ採ってもいいんですよね。
町会長に聞いてみると、「そういう希望が多くて、市に聞いても採取禁止にされた理由も解らないし、そんなルールはもう関係ないだろう」と言われました。
「やったー」管理を市から委託されている自治会の判断ですから。
3月頃、孟宗竹のタケノコが顔を出します。僕はそれを狙って山に入りました。本格的な道具は持っていませんので、草刈り用の鎌を持って行きました。
引っ越して来た頃、竹林は整備されておらず、藪をかき分けて入ってタケノコを採っていましたが、今は簡単な通路が出来ていて、入りやすくなっています。
もうすでに誰かが採った跡がいっぱいありました。皆さん待ち焦がれてたんでしょうね。途中、一人でタケノコを掘ってる方がいましたが、少し気まずいので、声はかけずに場所を移動しました。
管理された竹林だと、タケノコ泥棒に来ているような心境でしたので、ドキドキしています。
遊歩道から見下ろして、丁度いいくらいの大きさのタケノコを見付けました。
周囲に人は誰もいません。チャンスです。・・・やっぱりタケノコ泥棒する気分でしたww。
そのタケノコの根元を、鎌で引っかきました。土を掘るためです。
タケノコにもいろんな種類がありますが、一番高価な孟宗竹のタケノコは、土から出ている部分より埋まっている部分を採る必要がある種類なので、土を掘る道具は必須アイテムです。
でも鎌では掘るのが難しかったので、時間がかかってしまいました。なんか焦ります。
別にタケノコ泥棒じゃないんだし、慌てる必要なんかないんですが、なぜか周囲を気にしてしまうんですよね。
細い根っこは鎌で切ることが容易でしたけど、スコップがあればもっと効率的に作業出来たとは思います。
そして根元を鎌でカットして、立派なタケノコを掘り出すことが出来ました。すぐに持って行った大きな紙袋に入れて、そそくさと撤退しました。
実は鎌もその袋に入れて持ち歩いていました。クワみたいに大きな道具は、目立つので持ち歩くの恥ずかしいですし。
実際、すれ違った人はこの紙袋を見て、(タケノコ盗ったな)と思っているように感じました。
盗ったのではありません。採っただけです。
この日30センチくらいのを1本採取できました。早く食べたくて仕方ありません。自採りタケノコ、15年ぶりですもの。
家に持ち帰ったら、採ってすぐの状態は生でも食べられるので、先端の方を少しお刺身にして食べてみたら、ちょっとエグかったですが、まずまずのお味でした。
その日の晩御飯には、近所の自動精米所に溜まってる糠をもらって来て、それでアク抜きをして茹でます。
そして1センチ角にカットして、細かく切ったシメ鯖と一緒に酢飯に混ぜて、『鯖とタケノコのちらし寿司』。それに必需品なのは、木の芽ですよね。全体にたっぷり散らしたいですね。それもこの里山に自生する山椒の若葉を、たくさん採って来ていました。
また、豆腐を崩して甘く味付けした『タケノコの白和え』には、同じく自生している三つ葉を混ぜました。ついでにその三つ葉と人参を使って『タケノコのかき揚げ』と、木の芽を和えた『タケノコの天ぷら』も作りました。
また、柚子香る『タケノコとワカメのお吸い物』は付き物でしょ。
この日は、何年ぶりかの自採りタケノコ尽くしの食事に大満足です。
ここに引っ越して来て20年近くになるけど、本当にいい環境で暮らせているなって、しみじみと思います。
でも心のどこかに、タケノコ泥棒したという罪悪感が残ったままでしたけど。なんででしょう?
きっと、禁止看板の経緯が解明できていないことが、気がかりなんだと思います。
つづく
作品名:タケノコ泥棒(続・おしゃべりさんのひとり言149) 作家名:亨利(ヘンリー)