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オオサカタロウ
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novelistID. 20912
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Ironhead

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― 現在 ―

 現地調査、通称ゲンチョー。契約殺人で飯を食う組織には必須で、人を殺すための段取りを覚えるための登竜門的な仕事。その目的は、モズと呼ばれる殺し屋が引き金を引くとき、余計なことを気遣わずに済むよう露払いをすることだ。十五年前、この業界の仲間入りを果たして喫茶パールで顔合わせをしたとき、カウンターの後ろでコーヒーを淹れていた店主の立石は、苦笑いを浮かべながら言った。
『危険はないし、いい仕事だと思います。ただ、感謝されることは少ないので、そこだけは覚悟しておいてください』
 それは自身が置かれた境遇に対しての愚痴のようにも聞こえたが、自分が四十五歳になった今は、いつの間にか形を変えて背中にどんと乗っかっている。外山は、昔ながらの伝票がサンドイッチの具のようにいびつに挟まるファイルの山を眺め、ガムテープで何度も手直しした椅子に深く体を預けた。夜の七時にこうやって椅子にもたれるということを、それこそ十年は続けている。
 見かけ上は、骨董品のオーディオを扱う小さな店だ。『トヤマ音響』という屋号は、前オーナーが小山という名前だったから、ひと文字変えるだけで済んだ。全体的に省コストな造りで、二階が住居になっているから階段を上り下りするだけで仕事と私生活の両方が完結してしまう。立地も市街地のど真ん中だから基本的に便利で、周りには水商売の人間御用達の単身用マンションがずらりと並ぶ。一旦夜になれば、ほぼ全員が仕事に出て行くから明け方までは静かだ。耳に入ってくる音は、小さな音量で流している八十年代の音楽だけ。フォーリナーをずっとかけていたが、さっきテープが切り替わってローラブラニガンのセルフコントロールが始まった。
 この椅子に十五年座れたことは、ほとんど奇跡だ。
 十代半ばから、ずっと犯罪者の一員として過ごしてきた。小柄で力がないから、大抵は相手の気を逸らせるための囮。すばしっこさには自信があったが、引き金を引く仕事には不向きだと思っていた。二十代になっても得意分野は変わらなかったが、持ち前のすばしっこさに少し陰りが見え始めたころ、この組織が『外注』している仕事を請けた。それは、モズが待ち伏せしている場所まで、追手を撒くことなく誘導すること。運転を任されたのは骨董品の日野レンジャーで、ハンドルを切ったら部品が全て外れて飛んでいきそうな代物だった。誘導が完了した後のことなんて考えられていないし、囮というのはそういうものだ。生きて脱出するための手立てなんてものは、誰も確保してくれない。その経験が体に染みついていたから、運転席に座って仕事内容と目的地を聞かされたとき、ルートを考え付く限り頭に浮かべた。そして、この下準備がなければ仕事は失敗に終わっていた。直前に、待ち伏せ場所を変更する羽目になったからだ。自分の逃走経路のために下調べしていた道が重なっていたことも、功を奏した。急遽ルートを切り替えて、工事と検問の両方を避ける道をピンポイントで走ったことで、追手を撒くことなく新しい現場まで案内できた。
『無理だと思ってたよ』
 もう顔を忘れてしまったが、まだ銃身から細い煙を上げるグリースガンを持った男がそう言って、笑った。そこから、どうやって的確なルートを間違うことなく選べたのかという話になった。組織の一員として迎え入れられて、オーディオショップの椅子に座ったのはその年の暮れだった。そこからは、新米のモズ候補が勉強にやってくる『研修センター』の役割も果たしている。同じことをしている拠点は他にもあるが、ここは二番目に古い。
 地味な仕事だ。モズは自分の手元に渡ってきた『資料』を見て、間違っているかもとは思わない。指定された場所まで全速力で向かい、全力で仕事を片付けるだけだ。ただ、間違っていたら命に関わるし、そもそも殺しは一発勝負。一回失敗して、相手に次も同じ場所で待っていてくださいとは言えない。外山は昔のことを思い出しながら、椅子に座ったまま深呼吸で腹が膨れて縮むのを眺めていたが、裏口のドアがガチャリと開く音を聞いて体を半分だけ起こした。
「戻りまっした―」
 咲丘まいは、去年でゲンチョーを卒業するはずだった。今年二十二歳になるから、おおよそ三年に渡ってトヤマ音響の店員として働いていることになる。外山が返事をしようと振り返ったとき、すぐの目の前まで来ていた咲丘は、スーパーの袋を両手に持ったまま笑った。
「ご飯、ここで食べていきます。一緒にどうですか?」
「おー、おれの分もあるの? ありがとな」
 外山は完全に体を起こした。咲丘は、今までに研修で面倒を見た中で一番優秀だった。地図を一枚渡すだけでどんな細かい矛盾にも気づくし、指摘してくるころには解決策を何パターンか思いついている。そして、今も真後ろに来られるまで気づかなかったように、体温が低く、足音どころか気配すらしない。それだけでなく、細身で華奢にすら見えるが銃の腕もいい。つまり、本来はモズとして重宝されるタイプの人間だ。去年の今ごろにホテルから声がかかったとき、いよいよ卒業するのだと思って送別会までした。以降は、本部が存在する沖浜グランドホテルに出入りする、物静かで目つきの悪いモズの一員になる。そう思っていたが。
 決行の日の深夜、うまくいったのか気になってホテルに顔を出したとき、まず目に入ったのは、石でも飲み込んだみたいな暗い表情の岡部兄弟と、その傍で静かに泣いている咲丘の姿だった。一緒に仕事に出た春川が命を落としたことは、岡部の兄から教えてもらった。後から噂に聞いた話をまとめると、春川は敵対組織を仕切る元交際相手とまだ繋がりがあって、咲丘は敵対組織を全滅させた後の仕上げとして、春川を殺すことになっていた。記念すべき初仕事になるはずだったが、その前に春川は敵対組織の連中と相打ちになった。つまり、咲丘からすれば実力を証明する機会を逃したことになる。
 春川は狙撃の名手で、咲丘はその生き方や考え方すら尊敬していた。本人がいないところでは『玲子師匠』と呼んでいたぐらいだ。それを狙わせるということだけでも、ホテルの人事が咲丘にどれだけの期待をかけているか、よく分かる。モズの初仕事は二種類。ひとつは後腐れのない殺し。もうひとつは関係者の粛清だ。前者を任されるモズは、いわば捨て駒で、装備を渡されて弾倉の中を空にしてくるだけの存在。しかし、後者は違う。相手との関係が近ければ近いほど、その殺しは難しくなる。それをやってのけることを期待されているモズは、誰もそうとは言わないが、幹部候補だ。咲丘がその大役を任されていることを知ったとき、正直誇らしくなった。あとは、引き金を引くだけだが、それができない人間だとは思われてほしくない。外山がその横顔を見ていると、咲丘は鍋をコンロの上に置き、食材をテーブルの上に並べながら外山の方を向いて、眉をひょいと上げた。
「ネギ、切ったりしたくないですか?」
「切りたいかと言われれば、そんな気もする。いやー、微妙なところだな」
 そう言いながら外山が立ち上がると、咲丘はプレゼンをするように長ネギを両手で指し示した。
「お願いします」
作品名:Ironhead 作家名:オオサカタロウ