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化け猫地蔵堂 3巻 1話 殺人鬼

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化け猫地蔵堂 3巻 1話 殺人鬼
                       

殺人鬼 

1 
「女房のお種(たね)が一刀のもとに胸を突かれ、殺されてた。金は盗まれてなかったし、家のなかを荒らされたようすもなかった。おれたち夫婦は子宝には恵まれなかったが、波風のない暮らしをしてきて、他人様に恨みを買うおぼえなんかもまったくねえ。だから、なんでお種が殺されなきゃなんなかったのかが、さっぱりわからねえんだ」

 太い首に手拭を巻いている。
 からだは大きくないが、肩の筋肉が盛り上がっている。
 男は車屋の左吉と名乗った。藍染(あいぞめ)の半纏(はんてん)を着、褌(ふんどし)姿である。
 歳は三十ほどか。小伝馬町に店があって数台の荷車をもち、何人かの人を使っている。

「おれは車引きの仕事をしてるから、荷物のご用があれば町屋から武家屋敷まで、江戸じゅうどこへでもいく。だから江戸のできごとはなんでもすぐ耳に入ってくる。棒手振りの新太郎、名主の大山団右衛門、松平越前家の下屋敷の女中のおかね、牛込町の畳職人のかみさんのお豊、蔵前の大蔵屋の朝右衛門の旦那、みんな同じように寝こみを襲われたり、人気のない道で殺やられたりしていた。

ところが、そのどれもが物取りでもなければ遺恨でもなんでもねえ。理由のはっきりしねえ事件ばっかりだ。お助け猫地蔵さんよ、いったいなにがどうなってんのか、おれは知りてえ。たのむ、教えてくれ」

 左吉は真正面からお助け猫地蔵に手を合わせた。
 袖をめくった両肩に力をこめる。
 猫地蔵は赤い涎掛(よだれか)けをつけ、いつものようにかすかな笑みを浮かべている。
 もちろん、無言である。
 祈りおえ、佐吉は地蔵に背をむけた。

 地蔵堂のまえから佐吉が消え、すぐに荷車の軋む音がした。
 地蔵堂の天井裏で、トラ猫もブチ猫も佐吉の訴えを聞いているうち、苛立ってきた。
《あちこちでやたらに殺人事件が起きているというのに、お取締りのお役人たちはなにをしているんだろう》
《大目付、目付、寺社奉行、それに町奉行もあるけど、それぞれ管轄のちがう場所で起こっているので、いろいろ難しいんじゃないかな》
 大目付は大名。目付は旗本と御家人。寺社奉行は寺・神社。町奉行は町人が相手だ。それぞれ治安の受け持ちがう。

 町をめぐる同心は町奉行所に属し、町人の事件を扱う。
 今回の被害者の歳は、十九から五十まで。職業もさまざま。
住んでいるところも新橋や浅草の裏店(うらだな)から大邸宅まで。
 共通点がないのだ。

 牝のブチ猫は、後ろ足をむずむずさせ、白い鼻先をひくひくさせる。
《いま起こっている事件のすべてが、関連しているのだとしたら──》
 トラ猫は恐ろし気に、赤茶のからだに薄い黒の縦縞の入った肩をすくめた。
《訴えにきた佐吉さん、しきりに首をひねってたものね》
 事件のおかげで、江戸の町全体が沈んでいるような気がした。

2 
 トラ猫とブチ猫は、いそいそとちかくの駿河町の番小屋へでかけた。
 番小屋にはいろいろな人が出入りしている。
奉行所からは同心も廻ってくるし、目明かしも顔をだす。
 番小屋にいれば、あるていどの情報が得られるのである。

 その日も二人の供をしたがえ、同心が顔をだした。
 駿河町の定廻りだった。
 当日の報告を型通りに番小屋の当番から聞き、注意事項を下達する。

「ちかごろ物騒な事件が起こっておるようだが、充分に気をつけるように。界隈に関連のありそうな何かがあれば、ただちに奉行所に報告いたすように。よいな」
 はい、と番屋の当番がかしこまって頭をさげる。

 そのあとですぐに訊き返した。
「今朝、また同じような手口で吉原のお女郎さんがやられたとかですが、なにか手掛かりのようなものはあったのでございましょうか」
 定廻り同心が顎でうなずく。
「腕のたつ者の仕業との憶測である。現在、鋭意捜査中である。いずれはっきりするであろう」
                        
 殺されたのは、春日屋のハツという名のお女郎だった。
 器量は十人なみ。歳は二十一。
 前夜の泊まり客が帰ったあと、部屋で一眠りしていたときに襲われたという。
 犯人は屋外からお女郎の部屋に忍びこんだらしい。

 吉原は外部と厳重に隔てられ、各楼閣には夜廻り役も常駐している。
「素人の犯行とは思えぬ。十分に注意いたすのだぞ」
 申しわたし、同心が出口にむかったとき、番小屋の隅の二匹の赤茶の猫に目をとめた。
「そこにいる、ぼさぼさの毛のトラと白ブチの猫の輩は、何者であるのか」
 土間を顎で示した。

「ときどき顔をだす、近所のトラ猫と白ブチ猫めにございます。姿を見せたときはあのように隅に腹這ってじっとしておりますが、いつのまにかふらりとまたどこかに消えてしまいます。猫というものは、熱意に燃えて鼠を追っている訳でもなさそうだし、役に立っているのかいないのか、みょうな生き物でございます。へい」

「化け猫の仕業ででもあるかのような、このたびの面妖なる事件。あのようなのどかで眠たそうな顔からして、とうていこやつらの仕業とは思えぬが、とにかく重ねて申す。すこしでも妙な気配があれば、ただちに報告いたすのだぞ」
 同心はあくまでも大真面目だった。

 トラ猫とブチ猫は下をむき、口をたわめ、笑いをこらえていた。
が、ふうっと息をつぎ、肩の力を抜く。
《つぎのとこ、行ってみようよ》
 ブチ猫が土間から立ちあがった。
《つぎって吉原の春日屋か》
《そうです》

 トラ猫とブチ猫は尻尾立て、そろって番小屋を出た。
 二匹は浅草橋から大川のほとりにでた。
 川風になでられるぼさぼさの赤茶毛が心地よい。
 吉原の春日屋に着くと、すでに臨時廻りの同心が来ていた。
 特別の事件がある場合、定廻り同心に加え、臨時廻り同心が派遣される。

「……すると、いったん外に出た客が、再びお女郎の部屋に忍びこんだのではないか、というのだな?」
 二匹はさっそく耳をそばだてた。
 年配の臨時廻り同心だった。
 玄関の上がり口で、春日屋の不審番の男に尋問していたのだ。

「客が直接忍びこんだのではなく、店を出たあと、外に待機していただれかに内部のようすを説明し、指示したものではないかと思われます。あの年寄りの客に、そんな大それた行為は無理のような気がいたします」

 そこへ目明かしが走ってきた。
 目明かしは、ほかに起こったあらたな二つの事件について、臨時周りの同心に報告しにきたのだ。
 ひとつは細川家の江戸家老殺し。もうひとつは、日本橋の料理屋の主夫婦殺しだ。

 両方ともおなじ朝方の惨殺だった。
 細川家の江戸家老のほうは、路上で供の者といっしょに殺された。
 臨時の用件で、和田倉の上屋敷から江戸表にあがる途中だった。
 料理屋の主(あるじ)夫婦のほうは、自宅の寝室に押し入られたという。
 住みこみの使用人たちは、犯行にまったく気づかなかったらしい。

「お女郎、細川家の御家老、それに料理屋の主夫婦だと?」
 上がり框(かまち)に腰をおろしていた臨時廻りが、皺の刻まれた眉をさらに深くよせる。
 腿に乗せた両手に力が入る。