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化け猫地蔵堂 2巻 2話 永久のひと

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 トラの思考が応じる。

〖そうです。側用人の家来は待っていたのです。そのまま裏門を通って、用意していた大川の川岸の葦の茂みの小屋まで連れていき、そこで薬を使って顔を焼きました。左衛門の要求通り、男に相手にされない女性にされてしまったのです。覚悟はできていたものの、実際に薬で焼かれるときの本人の苦しみは、言葉にできません。

すきを見て、薬の入った壺を男たちに振りまき、小屋から逃げだしました。美しかったお顔はもう滅茶苦茶です。生きていても仕方がない、左衛門の命もわずかだし、いっそ死んでしまおう、と川に飛び込んだのです。でも、どういうことでしょう。運命なのか、神様の思し召しとでも言うのでしょうか、私と同じように流れ流れ、涼月寺の岸にたどり着いたのです〗

《それでいま、彩乃さんは、どうしているんですか?》
 当然、ブチが問う。
〖寺に収容され、奥で治療しております。重症ですから口も利けません。でも頭の中の必死の考えを、私が読み取りました。『私は約束を守りました。左衛門様、いつ旅立っても、男はもう見向きもしないので、どうぞご安心ください。

私はやさしいあなたが大好きです。顔を焼かれてしまいしたが、私を想う気持ちの表れとしてこれを受け止めます』とくりかえして言っているのです。猫地蔵のトラさんとブチさんを呼んだのは、そのことを左衛門の夢枕に立って伝えてもらいたかったからです〗

いまは、口すらきけない彩乃の思いを語れるのは、観音様だけである。
〖浅草寺の石灯篭の陰から頭巾を被って人々を観察しているとき、雑多の人々からもらう悪意も善意もごちゃ混ぜになった精神力や生命力で可能になった不思議な力なんです。でも、平穏な環境に戻るとすぐに消えてしまいます。ここにいれば、たぶんあと数時間で失せてしまうでしょう。ですから急いでお呼びしたのです〗
意外な告白だったが、トラとブチからも、観音様に知らせなければならないできごとがあった。

身をかがめ、二つの目で見守る観音様に、急ぎトラが報告する。
《左衛門を診察していたお医者についてです。観音様に会ってもらい、だれに薬を盛るように頼まれたのか、頭のなかをのぞいて調べてもらおうとしました。それで、診療所の場所を確かめるため、朝倉の診察を終えた帰り道、後をつけました。ところが、不覚にも医者は路上で刺客に襲われ、その犯人も素早く行方を暗ましてしまいました》 

トラが終えるのを待ち、ブチも口を切る。
《私からも申し上げます。朝倉の屋敷で左衛門様を見張っていたとき、こんなことが起こりました。医者は、左衛門をゆっくり殺す計画から一気に殺すやり方に変えたのです。陰の仕掛け人は、一日も早く彩乃を手に入れたくなったのです。

ですが、偶然にもその朝の左衛門の朝食の魚が腐っており、嘔吐してしまったのです。知らずに飲まされていた毒物も、同時に吐き出されました。するとその場にいた家猫が、魚の臭いのする吐瀉物を舐めて即死し、家来の一人がその吐瀉物で足を滑らせて転び、あっと叫んだ口に跳ねたその毒物が入り、やはり即死してしまったのです。このとき左衛門は、自分が置かれていた現実に気づいたのです》

〖すると朝倉左衛門は、もはや病気ではないということですね〗
《多定通りに死にません》
 ブチとトラが口髭をうごめかせ、そろって首をふる。
《でも彩乃さんの美しいお顔は……》
 ブチが無念の目で観音様を見上げる。
観音様も、二人の少年が照らす明かりの中で沈黙した。

川風に松明の火が揺れ、火を囲む四人と二匹の影もそよいだ。
 つぶやくような涼月和尚の念仏とともに、数珠のこすれる音がした。
 やがて観音様が口を開いた。

〖トラ猫さんにブチ猫さん、彩乃さんの立派な覚悟を、寿命が尽きようとする朝倉左衛門殿に伝えてもらおうとしたのですが、少し事情が変わってしまいました。でもやはりこの事実は、はっきり伝えなくてはなりません。お願いします〗
 観音様は二匹に訴えた。
 トラとブチは肩を並べ、そろってうなずいた。


 それから十日後の夜、一艘の小舟が大川の流れに乗り、涼月寺の川岸にたどり着いた。
 舟からおりたのは一人の坊主だった。
 岸辺に立つと坊主は、木立の陰にたたずむ涼月寺を見上げた。

「これからおれはここで暮らす。おれは武士を捨てた。夢枕に立った白衣の男がまた現れ、助けてやれと言っておった。おれも考えは同じだ。だが、地獄行きが怖いのではない、助けるなどという高ぶった気持ちもない。おれはこの寺で一生を終えるのだ。おまえはやっぱり、おれのものだ。だれにも渡さん」

 トラとブチが涼月寺を訪れた数日後、彩乃の潰れていた耳がかすかに聞こえるようになった。
返事もうなずいてできるようになった。
不完全だが口も利けるようになった。
和尚も観音様も、一日も早く左衛門のもとに帰し、御殿医の治療を受けさせたいと願った。

観音様から、朝倉左衛門は死ななくなったと聞かされた彩乃は。悲鳴を上げるかと思った。
だが、落ち着いて決意を述べた。
『もうお屋敷には戻りません。観音様と一緒にここで暮らします』
その意思は観音様を通じ、夢枕の使者であるトラから左衛門に伝えられた。

 すべてを心得、三千石の侍を捨てた朝倉左衛門は、高台の涼月寺にむかって手を合わせ、きれいに剃った頭をたれた。
祈り終えると涼月寺にむかって歩きだした。 
 また左衛門は、自分を病死させ、彩乃を奪おうとした者への追及は意味がなくなり、無用と判断した。