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化け猫地蔵堂 2巻 2話 永久のひと

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化け猫地蔵堂 2巻 2話 永久のひと


永久のひと 


《あれえ? すごい美人がやってくるぞ》
格子窓から外をのぞいていた薄茶のトラ猫が、背後の白と黒のブチ猫をふり返った。
地蔵堂の天井裏でのんびりからだを横たえていたブチは、手足をあおるように勢いをつけ、起きあがった。

《すごい美人て? どんな?》
 つぶやき、天井裏の格子窓に歩み寄る。
 昼過ぎの参道は、空にどんより薄雲が広がっていた。
その薄雲が切れ、石畳の参道が、ぱっと明るくなったようだった。

白地に色とりどりの花柄が刺繍(ししゅう)された小袖の着物。
澄んだ大きな黒い目。
鼻の大きさや唇の形が清楚に整っている。
卵型のあごの輪郭も美しい。

《着ている人も着物も、なんてきれいなんでしょう》
 ブチが感嘆の声を漏らす。
《だけど、なにしにきたんだろう?》
 トラは思わず口にする。あんな美人が、という一言が省略されている。

《花柄を刺繍であつらえた豪華な着物だよ。それにほら、入口のほうに腰元やお供の者を待機させているし、どこかの大名か旗本の奥方様じゃないの》
《そんな大層なお方で、すごい美人が、この地蔵様になんの用なんだ?》
トラはまだおどろき眼(まなこ)を見張っている。

《なに言ってんの。どんなに高貴で美しいお方だって、悩みの一つや二つはあるに決まっているじゃないか》
 トラ猫とブチ猫の二匹はからだを寄せ合い、お堂の下の庭を見守った。

 地蔵堂の地蔵は、人々の願いを叶えるといわれる古い石の地蔵様で、半分かすれた顔でお堂におさまっている。その顔が、見方によっては猫にも似ているという人がいて、猫地蔵と呼ぶ者もいた。

そして、その地蔵堂の屋根裏に住みついているのが、薄茶の雄のトラ猫と白と黒の雌のブチ猫だった。
二匹とも柔らかなふわっとした毛におおわれている。
しかし、トラとブチは、ただの猫ではなかった。
化け猫だったのある。

ただし、人にうらみは持っていない。
地蔵堂を訪れる人々の願い事をお堂の天井裏で聞いているうち、化ける力を利用し、逆に人を助けるようになっていたのだ。

 木立に囲まれた地蔵堂の参道を、武家の奥方とおぼしき美しい女性が、一歩、一歩石畳を踏み、やってくる。
 顔をまっすぐ前に向け、お地蔵様に視線をそそいでいる。

《透きとおったきれいな目だ》
《それに、なんてやさしそうなお顔なんでしょう》
《明るくて、性格もよさそうじゃないか》

 美人は人一倍やさしく感じられ、心を和ませてくれる。
美しい風景を眺めている気分である。
 むこうの地蔵堂の入口では、おつきの家来たちが幾つもの顔をならべ、心配そうに奥をうかがっている。
《家来やお供の者に聞かれたくない、なにかの秘密の願い事かもしれないよ》
 ブチは自分のことのようにそわっとし、後ろ足をもじもじさせた。

 絶世の美人は、着物の裾をたくすように褄(つま)に手をかけ、近づいてきた。
そしてお地蔵様の前に立つと、褄から離した両手を合わせ、目を閉じた。
長い髪を束ねて玉結びにし、残りの半分を背にながしている。

数秒後、閉じた目をうっすらと開け、唇から言葉をもらした。
「お助け猫地蔵様、お願いがあります」
 美しさによく似合う、柔らかく澄んだ声だった。
「私は彩乃(あやの)と申します。十日ほどまえ、私の夫の朝倉左衛門が急の病で倒れてしまいました。お医者様は肝の患いと申します」

《なあんだ、ただの、病気の快復祈願か》
 滅多にみられない美人の願い事だった。
なにを訴えるのかと興味深々のトラの期待は、あっさり裏切られた。

「私と夫の左衛門は、相思相愛の仲です。何事があっても二人は離れないと誓い合いました。結婚するまえ、私には降るほどの縁談がありましたが、浪人の身であった父が亡くなり、兄弟もなく、母の手一つで育てられた私は、家柄もよく、やさしい性格で、容姿の頼もしさにもひかれ、左衛門様を選びました」

《うん。だから、それでなんだって言うんだ》
 期待をはぐらかされたトラが、格子窓の下を覗きながら軽口で応じる。

「私のたった一人の身内だった母が、一年まえに亡くなりましたが、生活には苦もなく、日々は穏やかでとても幸せでした。夫の左衛門も初めの印象どおり、とてもやさしく、お屋敷で供に暮らすようになってからも、なに一つ変わりませんでした。そうしたある日、左衛門はにわかに具合が悪くなり、寝込んでしまいました。今まで風邪ひとつ引かない元気なからだだったのに、珍しいことでした。するとどうでしょう、見知らぬ人たちもふくめ、次々に見舞客があらわれたのです」

《大勢が見舞いに訪れるんだから、朝倉左衛門とやらはかなり重要な幕府のお役についているんだね》
ブチが先回りするように推測する。

「でも、客たちはただのお見舞いではありませんでした。自ら口にするのも僭越(せんえつ)ですが、お見舞いにかこつけ、私を鑑賞しにきていたのです。夫もすぐそれに気づきました」

《お見舞のふりで、美人の奥さんを眺めにきたってか。へえー》
 トラは感嘆の声をもらしたが、すぐ真顔になった。
《うん、納得できるな》
《ありそうな話だね》
 眼下の彩乃を眺めなおす二匹の意見は、すぐに一致した。

「それに気づいた夫の左衛門は『元気になったので見舞いは不要である』と各方面に通知をだしたのですが、皮肉にもその二、三日後から病は急に悪い方に進んでいきました」
 彩乃はそこまで語ると透きとおった大きな目に涙をにじませ、唇を噛んだ。

そして湧き上がる感情をこらえるように続けた。
「お医者さまの診断は『もう助からない』でした。余命は一ヶ月です。もちろんそれは本人にも告げられました。侍ですから左衛門も覚悟を決めました。子供がなかったので、朝倉家の領地の代官として地方で暮らしていた腹違いの弟に、内々跡継ぎとしての取り決めも済ませました」

《不幸があったけれど、世継ぎも決め、死の準備もきちんと整えたってわけだな。さすが徳川直参(じきさん)の旗本、立派だ》
トラは頬の髭をつんと立て、満足そうに目を細めた。

《待ちなさいよ。彩乃さんには、なにかもっと深いなにかがあるんだよ。覚悟が顔に現れてるじゃないか》
女性同士と言うのか、心理を読んだブチがトラをたしなめた。

 彩乃が続ける。
「ところが死ぬのがわかった左衛門は、涙ながらにこんなふうに私に申すのです。『彩乃を残し、この世から消えていく自分が無念でならない。自分が消えてしまったあと、残った彩乃を求め、大勢の男たちがあらわれ、争うだろう。そしていつしか誰かと一緒になり、その男と床を共にするようになる。そんな様子を想像すると……考えただけでもやり切れぬ、悔しい』と。

ですから私は申しました。『他の男のところには参りません。左衛門様との楽しい日々を想いながら、独り身の生涯を貫きとおします』と答えたのですが、左衛門が言います。『いや、その決意もいつしか色あせるときがくる。仕方がないと言えば仕方がないのだが、おれはあの世で歯ぎしりして耐えなくてはならない。覚悟はできているが、これならと思える心の安泰が欲しい』