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猫の女王

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「なかったら、日本にはないマタタビなので、リビアという中東の国の山奥に行かなきゃならないらしいんです。米田トメさんがそう言ってました」
「リビアだと?」
「リビアって、アフリカの?」
「エジプト近辺の砂漠の国です」

銀次郎も名前くらいは知っているが、そんな国は地図でしか見たことがない。
「ばかいうな。猫がそんな砂漠の国までいけるかよ。おい、はやく見つけろ」
灰猫の八田は、二、三歩んで首をのばし、掘りかけの穴をのぞいた。

「だいぶ掘ったようだけど、ほんとうにあんのか」
「もうでてくると思います。もうちょっとです」
「それなら手伝ってやる。今日はここの穴、改めて調査する予定でもあったしな」
「わたしも手伝う」

真ん中の紅葉の木の下で、三匹の猫が頭をならべ、えいえいえい、と泥を掻きはじめた。
周囲に飛び散った土が、十センチほどに積もる。
だが三匹は手を休めなかった。
なにしろ、そのマタタビが見つからなかったら、猫のままの生涯になってしまうのだ。
夢中だった。
 
午前中の団地は、勤め人が出勤し、建物全体がほっと溜息をついている。
三本の紅葉が生えたその庭にも、いつもの静けさが漂っていた。
が、その日は、どこからともなく団地に住む野良猫たちが現れた。
そして紅葉の木の根元で泥をはねる三匹の猫を、知らぬうち、半円形のかたちで見守っていた。七、八匹もいただろうか。

三毛猫の銀次郎は、さっきから気配を感じていた。
しかし、猫になったばかりなので神経がなにを感じてるのかが、分からなかった。
八田とうららが手伝ったので、となりの木の幹の根元が土で隠れるほどになった。
それでもまだなにもでてこなかった。


銀次郎は穴掘りの手をとめ、顔をあげた。
野良猫たちが穴を囲むように、自分たちを見守っていた。
半円形に肩をよせあている。
中央に茶白の猫がいた。茶毛の背中に白の縞(しま)が散ったマダラである。

いつもその斜面で、日向ぼっこをしているやつだ。
三毛猫の銀次郎も灰猫の八田も白猫のうららも、顔をあげた。
そして、挨拶もなく猫たちと睨みあった。

ならんだ中央のマダラ猫が、口をひらいた。
「あなたたち、三匹そろって、そこでなにをやってんだ」
あたりを仕切っているボスらしく、目が座っている。
銀次郎は、自分たちを半円形でとり囲む猫たちをもう一度見わたした。

猫たちの目は、敵意の色よりも、困惑と警戒の色でいっぱいだった。
「さっきここにネズミがいた」
三毛猫の銀次郎は、とにかくそう答えた。
「ネズミ? 掘ったっていないだろう。もうとっくに逃げてる」
その言葉に、居ならぶ全員がかすかに笑った。

「そもそもあなたたちは何者なんだ。どこからきたんだ」
茶白のマダラ猫は、落ち着いた口調で訊ねた。
他の猫たちが、三匹の闖入者(ちんにゅうしゃ)をじっと観察する。
マダラ猫は、仲間から絶対的な信頼を得ているようだった。

銀次郎はどう説明するべきかと迷った。
すると銀次郎に助け船をだしたつもりなのか、灰猫の八田刑事が横で応えた。
「俺たちは警察からきた。この団地に用がある」

「警察? なんだ、警察って?」
「決まってるだろ。悪いやつを捕まえるんだ」
「この団地にいるやつか?」
「もちろんそうだ」
するといっせいに、ほおーっと猫たちから溜息がもれた。

「八田さん、あんまり思いつき、喋らないほうがいいですよ」
銀次郎が耳元でささやく。
「ここはもう、昨日の私たちの世界ではないんですけど」
肩をならべた白猫のうららも、上司に注意した。
頼りなさそうな若い女刑事だったが、その一言に、猫の世界にきてしまったという覚悟らしきものがうかがえた。

「じゃあ、さっそくだけど、悪そうなやつがいるので捕まえてください」
即座にマダラ猫が提案してきた。
「以前から変なのがあらわれ、団地内をねり歩いていやがる。目的がなんなのか分からないけど、やつらは平和のための活動だなんて言ってるけど、お前らその仲間か?」
「ちがう、ちがう」
仲間などいないので、三匹はそろって首をふった。

「もしかしたら、ここ、平和ではないってことなのか?」
ベランダから眺めたときや団地内のスーパーにいく途中、銀次郎は野良猫を何匹も見かけた。
しかし、争っている猫など一匹もいなかった。
猫たちはのんびりしていていいなあ、と羨(うらや)んでいたくらいだ。

「日ノ元郷地域は団地もふくめ、ずっと平和だった。だけどちょっと前にやつらが現れたんだよ」
「やつらってなんだそれ?」
「ここ、猫の世界なんです。八田さん」
八田の問いかけを、うららがまたささやいて止めようとする。

さっきから、自分を見返す茶白のマダラの視線が銀次郎には気になった。
「おれとあなたは、どこかで会ったことがありましたか?」
ベランダにいる銀次郎に、ちらり視線をむけてきたマダラだ。
自分を知っているのかと聞いてみた。

「いいえ。でもあなたの目を見た直感ですが、とにかく悪者じゃない。突然あらわれて何者かと怪しんだけど、私たちの敵ではない」
人間のときの銀次郎の記憶はないようだ。
「おい、私たちの敵じゃないって、この団地の猫に敵がいるってことかよ?」

刑事という職業柄なのか、やはり癖がでる。
うららはもう止めない。
「悪いやつとか敵とかとはっきりしないが、外部からきた野良のサビ猫がこの団地に住み着いて、地域の決まりを無視したり、公共の場を勝手に占拠したり、日ノ元猫族の悪口をばらまいたり、好き勝手をやってやがる」

マダラ猫は、鼻先に皺(しわ)をよせた。
「そいつらのおかげで日ノ元団地の平和が乱れ、不安になった」
「そいつらっていうと、一匹じゃねえってことか」
八田刑事が応じる。

「はい、かなりの数がいて、ドラ猫合唱隊と名乗って歌を唄って歩くグループもいて、そいつらも黒と茶の毛をごちゃごちゃに入り混じらせた黒っぽい色のサビ猫で、七、八年前ころから見かけ、ここのところ我が物顔で団地のなかを歩いていやがる」
マダラ猫たちの説明は、敵ではないと判断した新顔の三匹に対する訴えのようにもなった。

「しかも唄ってる歌は、ここの日ノ元郷で古くから伝わっている伝統の歌なんです」
他の猫も発言する。
ドラ猫合唱隊がかなり気になっているようだった。
「唄声にあわせ、周囲をおっかない顔で睨みながら行進しやがるんだよ」

「やつら、ほっぺたが左右にひろくて、ふつうにしてても顔が怖い」
「このまえは旗ふってた」
「月の丸の旗だ。口に棒をくわえてな。人間の子供が捨てたオモチャの旗を拾ったんだ」
口々に発言する。
聞いてみると、いろいろありそうだった。

平和行進曲も月の丸の旗も、この日ノ元郷に猫が存在するようになってから大切にしてきた日ノ元郷猫族のシンボルなのだそうだ。
旗は滅多に手に入らないので、拾ったりすれば住み家に大事に隠してしまってあるという。また、ここで言う郷は、人間たちの国を表すときの意味で使っていた。

行進曲も、月の丸の旗も、人と共に生きてきた猫族が人の知恵を真似たものである。
遠い昔、どのように日ノ元郷の猫族に伝わったのかは不明だという。
作品名:猫の女王 作家名:いつか京