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化け猫地蔵堂 1巻 4話 富籤(とみくじ)

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 文太は少しづつ近づき、とうとう松七の手を下から掴み、にこっと笑った。

 松七は文太から逃れられなくなった。
 母親が富籤で五百両を当ててしまったたばかりに、その母親も父親も殺されてしまい、孤児になってしまったのだ。
 しかも、この子は長屋で孤立している。

「おれは富籤にはずれ、ハナとタミを質に入れたままだ。そのうえ子供までひろって帰ったら村の連中がなんていうか。しかもその子は、おれが買って見事に外れたその富籤に当たった家の子供だっていうんだからな」

 すこしづつ滲みだしてくる決意を胸に、松七は文太という子の手を引き、歩きだした。
 松七も文字は読める。文字の読み書きができなければ、村の長(おさ)や指導者にはなれない。

 駿河台下にきた。
 地蔵堂の入口の石畳を踏んだ。
 もう晩秋だった。椎の木の生えた庭は、ひんやりしていた。
 松七は文太と手をつなぎ、お地蔵様のまえに立った。

「おまえのおっかさんのお富さんは、ここにお願いにきた。おまえを助けてくれって言ってな。だからおれはおまえを探しに行ったんだ。おまえはおっ母さんもお父っつあんもいなくなったんだから、このお地蔵様に聞こえるように、無事に成仏してくれって声をだして祈りな。おれはいま、お堂の裏の荷物をとってくる」
 松七は裏にまわった。

《あれは、なんだろう?》
 牡のブチの目が、お地蔵様に注がれていた。
 牝のトラがブチの視線をたどった。
 赤い涎掛けをつけ、胸を反らしたお地蔵様の首に、唐草模様の結び目がついていた。

《なにか背負ってんじゃないのか?》
 トラが、そろりとお地蔵様のほうに歩きだした。
「おとっつあんもおっかさんもどうか無事に成仏してくれるよう、よろしくお願いいたします。おいら松七さんの子供になります。それで松七さんの村が復活してくれますよう。おとつつあんとおっかさんが言ってた大きな本屋をひらくのは、たぶん大人になってからです。そのときもどうかよろしくお願いいたします」

 文太はついでに、自分の願いもとなえていた。
 文太が手を合わせている間に、トラがお地蔵様の背後に回ってみると、背中に唐草模様の包みがくくられていた。
 トラはぐんと背伸びをし、包みの底を縞模様のある赤茶の頭で突いた。

 ごつんと音がした。勢いがよすぎ、がくんと首にきた。
 つい、にゃと声を漏らした。
《小判だ。これ小判だよ》
 包の底を手でさわり、声をあげた。

 ブチが駆けてきた。
《小判だって?》
 ブチも薄茶の手首を伸ばした。
《ほんとう、小判だ》

《何百両もある》
《もしかしたら》
《お富さんだ》
《そうだ。お富さんがもってきたんだ》

 千両にもなるとかなり重い。
 一人前の大人が、うんしょと声にだすほどだ。
 四百両なら女性でも風呂敷に包んで背負えば運べる。
 殺されるまえ、お富さんはここに金を運んできていたのだ。

 犯人はいつまでもなにもいってこないので、誘拐ではないと気づいたお富さんが、宣言どおり、お助け地蔵に献上したのだ。
 強盗は、目当ての金を手に入れられなかったのである。

 松七が風呂敷の荷物を抱え、裏から現れた。
 トラが猫のままとびだし、松七の足にしがみついた。
「なんだ、この猫は」

「にゃおう」
 トラは手をあげ、お地蔵様のほうを示してしまった。
 松七がお地蔵様のほうに顔をむけた。

 お地蔵様のうしろにいたブチが、薄茶の手をぐるぐる振った。
「なんだおい? おーい、おめえ、人間とやとりをする猫について書かれた書物、読んだことあるか?」

 十歩ほど離れて立っていた文太に訊いた。
 文太は、もちろん首をふった。

 松七はおそるおそる地蔵さまに近づき、うしろをのぞいた。
 お地蔵様は、背中に荷物を背負っていた。
 荷物にさわってみた。ぎしっとし、ずんと重い。

「小、小判」
 うーん、と声をもらした。
 松七は気を失った。

 目を覚ますと、文太がのぞいていた。
「小判……」
 つぶやき、松七がお地蔵様の背中に目をやる。
 が、お地蔵様が背負っていた包みはなくなっていた。
「おじさん。春川一座のときの赤毛の同心だよ。浅草の」
 文太が説明した。

 浅草の芝居小屋に現れた同心が、また姿を見せたのだ。
「この金を貸本屋の台所の床下に隠しておくから、松七が目を覚ましたらすぐに一緒に家にもどれ、そうして‥‥」
 いろいろ告げていったという。

 松七と文太とハナとタミの四人だった。
 文太は胸に二つの位牌を抱えていた。
 お地蔵様に別れを言いにきたのだ。

 発見された金は長屋のみんなに合計で二十両、文太の母親のお富や父親の親類たちに三十両を分けた。
 文太は遠い親類の松七の世話になると嘘をついた。
 母親と父親の親類たちは、たがいに相手方の血筋なのだろうと憶測した。

 金の分配のこともあり、だれも文句はいわなかった。
 荷台には作物の種の袋。
 貸し本屋の主な本もあった。
 日本殖産大展綴や萬物作物風土記もある。

 荷台のうしろには、ハナとタミが座っていた。
 頬を赤らめ、にこにこしていた。

「二匹の猫は手でお地蔵様を示した。手もふったような気がした。だけどやっぱり気のせいだったのかなあ。そんな話、聞いたことないものなあ。さあ出発するぞ」

 松七が手綱をとり、牛の背中に合図をした。
 地蔵堂のまえの道を牛車が動きだした。
 トラ猫とブチ猫の二匹は、地蔵堂の庭の椎の木の太い枝の上にしゃがみ、牛車を見送った。
 松七は村を立派に建て直し、文太をしっかりした大人に育てるだろう。
 4話完

[化け猫地蔵堂]続編2巻に続く(6月15までに掲載予定)