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化け猫地蔵堂 1巻 2話 熊太郎純情

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化け猫地蔵堂 1巻

2話 熊太郎純情 


1 
 町中の地蔵堂である。
 まばらな木立のなかに石畳の参道が伸びている。
 二人の子供がやってきた。

 姉妹らしき七つと五つくらいの女の子だ。
 二人とも手足や頬が垢で汚れ、着物もあちこちが破れている。
すりきれた草履、鼻緒はいまにもはずれそうで、鼻緒にかかる足の指先が豆粒の形にちぢかんでいる。
 母親の手のかかったようすがどこにもない。

 濁りのない黒い瞳は、とまどいの色でいっぱいだ。
 地蔵堂に人影はなかった。
 二人はお地蔵様のまえに並び、手を合わせた。
「おとっつあんが、おとついから目を覚まさないんだけど」
「お地蔵さま、どうか、おとっつあんをお助けください」
「おねがいします」
 二人で声をそろえた。

 願をかけるときは、お地蔵様に聞こえるよう、他人には聞かれないように語らなければならない。言い伝えだ。
 お地蔵様は赤い涎掛をつけ、お堂の中で胸を反らしている。
 長い年月を経、もう顔形もはっきりしない。
 どこか、笑顔の猫の顔にも似ていた。

 地蔵堂の間口は百八十センチ、左右の柱の高さは三メートルほどだ。
 屋根は茅葺きである。
 古くて小さかったが、太い四本の柱に支えられている。

 その天井裏の格子窓から、緑色の目の二匹の猫が庭をのぞいていた。
 一匹はオスのトラ、もう一匹はメスの三毛である。

「おねえちゃん、ほんとうにおとっつあん、助かる?」
「助かる。このお地蔵さまはお助け猫地蔵って言うんだからな」
「じゃあ、だいじょうぶだね」
「うん、だいじょうぶだ」
 姉妹は安心したようにうなずくと、手をつなぎ、石畳の境内を去っていった。

 地蔵堂の入口のむこうは、瓦屋根が重なる町家だ。

《父親が死んでいるっていうのに、気づかないなんてことじゃないんだろうね?》
《飲兵衛の父親が、酔っ払ってひっくり返ってるだけだろ。たぶんそうだ》
 三毛猫とトラ猫が、くっきりした緑の目をしばたたいた。

《あの子たちの一家になにがあったんだか。やっぱり、ようす見にいてみようよ》
 腰をそわそわさせたかと思うと、三毛猫はもう天井裏の板壁の隙間にむかっていた。
 牡のトラがあとを追う。

 お堂のすぐ横には、一本の椎の木が太い幹をかしがせている。
 二匹は蕁(いらくさ)の生えた屋根から、椎の木の枝に跳び移った。
 かしいだ幹を伝い、庭におりる。
急ぎ、地蔵堂の石畳を走る。

 二匹のトラと三毛の猫は、町家の屋根伝いに幼い二人を追った。
 子供だから遠くからは来られない。
 すぐに、路地に消えようとしていた小さな影を見つける。

 裏長屋の庇と庇の間の路を、うつむき加減の二つの影。
 地蔵通りをへだてた猿楽町の長屋だ。
 ずらりと障子戸が並ぶ。
どこもびらびらと風になびきそうに旺盛な破れ目だ。

 ひときわ破れ目が目立つ障子戸。
「おとっつあん、いまかえったでえ」
 開けたままである。

 三毛とトラは屋根から跳び下りた。
牝の三毛はほんのり頬毛をふくらませている。
牡のトラは短く顎髯を生やしている。

そこは四帖半一間きりの割長屋だった。
土間にすりきれた草履が四つと、大きな大人の草履が脱ぎ散らされている。
向かいの家の前に並ぶ二匹が、背伸びをするように中をのぞく。
板の間にひっくりかえっている大男が見えた。
胸や太股に毛を生やし、褌一本で大の字だ。
その横に、徳利が何本かころがっている。肉厚の三合入りだ。

《やっぱり酔っ払いのおとっつぁんだったか》
《うん、そうみたいだけどさ》
 三毛が首を伸ばしたまま、瞳をこらす。

ひんやりした空気だった。
家具らしきものはなにもない。
雑多な食べ物の匂いもしていない。
やはり、母親の気配がなかった。

 姉妹が大男の枕元に座り、どうしようかという面持ちで肩を落としている。
 左右の路からでてきた長屋の子供たちが、忍び足でちかづいた。
「やーい、どろぼう」
「きょうはなに、盗んだ」
 子供たちがからかい半分に両手を踊らせる。

姉が床を踏み、土間に跳び下りた。
逃げ去った子供たちに、ばか、と吐きすてる。
もどった姉が土間の草履に足をこすり、床にあがる。

父親は両手足を投げだしたままだ。
「おとうちゃん。おとうちゃんてば」
妹が父親の肩に手をかけ、からだを揺すった。
大柄の毛むくじゃらの男は、びくともしなかった。

《酔っぱらっているのと、ようすが違うんじゃないの?》
三毛が二度三度と瞬く。
「もしかしたら死んじゃったの?」
妹が姉に聞いた。
「寝てるだけだよ。だいじょうぶだよ」
姉が首をふりながら、ぼんやりした顔を戸口のほうに向けた。

《どうなってんだよ、ここの長屋は》
トラが怒りだした。
《あんな小さい子を放っておくなんてねえ》
三毛も頬をふくらませた。

実は、トラ猫と三毛猫の二匹は化け猫だった。
だが、人間に恨みをもって いる訳ではない。
だから、人にとりついたりはしない。
二匹の親がどんないきさつで化け猫になったのかは分からない。
たまたま親の血を受け継ぎ、この世に生をさずかっただけだ。

二匹は旅の途中、人で賑わう城下でめぐりあった。
たがいの存在を全身で感じ、瞬間にすべてを悟った。
猫はもともと単独で行動する生き物である。
だが、同種の仲間は貴重だった。
孤独だった二匹は、身を一つにするように寄り添った。

そのまま旅を続け、江戸に着くと、神田駿河台下の地蔵堂に住みついた。
しばらくはそこで落ち着くつもりだった。
お堂に祭られた古いお地蔵は『お助け猫地蔵』と呼ばれ、地元の人たちに親しまれていた。
困ったとき、願い出れば助けてくれると言い伝えられていた。

二匹はそんな謂れも知らず、偶然そこに住みついた。
二匹は、天井裏で人々の願いごとを聞いているうち、なにがあったのだろう、どうしたのだろうと、つい引き込まれた。
願をかけにきた人の後をつけたりもした。

二匹が化けられるのは、人間だけである。
鳥になり、空を飛ぶような真似はできない。
町を歩くときも、たいてい猫のままである。
どう助けたらいいかと迷っているうち、機会を失うときだってある。

2 
 見なれぬ二人だった。
 男は短く顎鬚を生やし、女はふっくらとした頬で髪が赤っぽい。
二人とも緑がかった目で口元に猫のような笑みを浮かべている。
 二人で歩調を合わせるかのように、ばっばっと歩く。
女は手に小さな籠を提げていた。薬の入った薬篭である。

「はい、ごめんよう」
 迷いもなく、開けたままの姉妹の家に入った。
「どうだい、おとっつあんのぐあいは?」
 突然の問いかけだった。
 男は声をかけながら、摺り足で草履を脱ぎ、もう膝で床を這っていた。
 籠をもった女も膝を折ってあとにつづく。

 二人は、大の字になった男のわきに並んで座る。
 客がきた、客がきた、と近所の子供たちが騒ぎだした。