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化け猫地蔵堂 1巻 1話 番町猫屋敷

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 獣の姿になったお里が斜面を登り、灰色の粉をまぶした稜線に火山灰の煙が湧いた。
 熱い地面がさらに熱をおびた。
 瓦礫が急斜面になった。
 ところどころが深く割れ、地の底に滾った赤黒い熱塊がのぞいた。
 あちこちから白い蒸気や煙の柱が噴き立った。

 お里は瓦礫の斜面を一気に越えた。
 前方に火口がそびえていた。
 擂鉢型の巨大な頂だった。
 吹き出た溶岩の塊が固まり、頂の縁に盛りあがっていた。

 山は揺れていたが、噴火は小休止中だった。
 熱かった。
 トラと三毛には、もうそれ以上は進めなかった。
「お里ー」
「お里さあーん」
 たちどまり、二匹で声をあげた。

 お里は火口の縁にいた。
 盛之助を足もとにおろし、揺れる大気のなかでふりかえった。
 そして一息ついて天をあおぎ、盛之助の襟首をまたくわえた。
 ためらいはなかった。

 ふっと掻き消えた。
「お里おー」
「お里さあーん」
 トラと三毛はまた叫んだ。
 交互に手足をあげ、熱さに耐えた。

 二つの命が火口の内に消えるや、するするっと煙が上がった。
 白煙は筋を引き、からみあうように螺旋の線を描いた。
 天高く昇りつめると、上空で二つの塊になった。
 その塊が、花火のようにぱっと弾けた。

 白煙がかすみのように広がった。
 そして、ふっと消えた。
 もう、そこにはなにもなかった。
 灰色の気体があるだけだった。

《消えた……》
《消えてしまった……》
 トラと三毛は茫然と空を見あげていた。
 いくら目を凝らしても、薄灰色の空があるばかりだ。

 山がまた揺れだした。
 突然、真っ赤な溶岩が赤茶の二匹の猫をめがけ、うりりっとこぼれてきた。
 二匹は斜面を転げた。
 必死に逃げた。

 ようやく安全な麓にたどり着いた。
 全身の毛が焦げ、鼬のような姿になっていた。
 やっとの思いで江戸にたどり着き、地蔵堂の屋根裏で毛が生えるのをまった。
 その間、お里と盛之助について、ずっと考えていた。

 なにもない世界にいった二人──。
 なにもない世界とは──。
 盛之助やお里が迎えた死は、爽やかで透明な無。
 すべてが終わり、新しいなにかが始まるという。

 いくら考えても、よくわからなかった。
《だけどひとつだけ言える。お里はこれでよかったのかもしれないってこと》
《そうかもしれないな》
 トラも同意する。

 人にも猫にもなれず、大勢の人を殺さなければ生きていけず、ついに佐武藩藩主とともに無になったお里。
 お里の運命は、こうなるように決まっていたのか。
 夕刻の地蔵堂の天井裏だ。
 俄雨のあと、湿り気をふくんだ半透明の微風(そよかぜ)が通り過ぎた。
 夏の暑い一日の終りだった。
(1話完)