英製和語(続・おしゃべりさんのひとり言143)
英製和語
高校2年の夏に、アメリカに短期留学したことがあるんだけど、その時のホストファミリーが、僕の大学時代に日本旅行にやって来ました。
僕も京都のホテルを訪ね、久しぶりに顔を合わせて、一緒に街に出たんだ。
その日から30年以上、ずっと気になっていたことがある。
京都駅の線路下の古いプロムナードにあったお好み焼き屋で食事してた時に、ママのナンシーが東京で食べに行ったお店について説明をはじめた。どうやら居酒屋的なメニューの話をしている。
チキン好きだって知ってたから、僕ははじめ(焼き鳥でも食べたのかな?)って想像をしながら聞いたんだけど、中々話がかみ合わない。
「目の前で焼いてもらった」と、テーブルで焼けるお好み焼きを例にして、ダッドのジェリーや息子たちも説明してくれました。
彼らが言いたいことが、その店が鉄板焼きか炉端焼きスタイルだというのはよく解るけど、(ああ、そうか)と納得がいくまでに想像が及ばなかったんです。
当時の僕の英語力でも、ちゃんと理解できるはずなのに、ある一つの単語が邪魔して、結局何のお店なのかよく解らない。小さな料理をたくさん食べたってこと以外。
でも30年以上経っても、その時ナンシーが繰り返し口にしていた『ハバチ』ってワードをしっかりと覚えていて、それがどんなものを意味していたのか(メニューなのか、店のスタイルなのか)、その後の人生でずっと気になっていました。
『ハバチ』→魚の「ハマチ」じゃないって言うし、『ハッバチ』→「ハウマッチ」でもないし、「地名じゃない」って言ってたから、横浜の「浜」とかの言い間違いでもないようだし。
その後、いつどこで、どう考えても、誰に聞いても、それが何を意味するのか解明できないままでした。
(その正体が知りたい! 知りたい!! 知りたい!!!)ずっと考えてきたんです。
ところが最近その永年の疑問が、妻の一言によってスッキリと片付きました。
先日、国内何か所かの旅行で買って来ていたレトルトの「御当地カレーが色々ある」って妻が言うので、前日に揚げて残っていたトンカツをそれに載せて、『カツカレー』にしたんです。それ一品だけで晩御飯です。
これはうちでは珍しい事なんです。と言うのも、普段はカレーライスを食べていても、数種類のおかずが周りにあって、カレー一皿で完結するようなことはあまり無いからです。
親子丼でもサンドイッチでも、インスタントラーメンの時でさえ、食卓には必ずその他のおかずも並ぶんです。
だからその日、この事を話題にしながら食べたことがきっかけになったんですが、よく考えたら(考え無くても)、カレーの中には様々な野菜やお肉が煮込まれていて、これ一品で十分な食材が詰め込まれていますよね。
僕はよくカレーに生卵も混ぜますし、それにトンカツまで載せるって、ぜいたくな食べ方でしょ。
(カツカレーは、凄く完成度の高いメニューなのかもしれない)って思いました。
「インド人だったら、カレーの上にもう一品おかずを載せるって発想あるのかな?」
なんてことを話していると、
「イギリスのオックスフォード辞典には、インドカレーとかの説明も載ってるらしいけど、日本のカレーは『カツカレー』って載ってるらしいよ」と、妻が教えてくれました。
「欧米で日本式のカレーを食べたことないからよく知らんけど、台湾とかでもカツカレーは人気やしな」と僕が言うと、
「インド人もテレビで(日本のカレーも美味しい)て、言うてるんよう聞くやん」と妻も言います。
「やっぱり外国では、カレーにおかずを載せる発想自体が珍しいんやろか? 普通のカレーじゃなく、カツカレーの方が有名なんか?」
「違うねん。普通のカレーがカツカレーやねん」とニヤケ顔で言う妻。
「ん? インドを植民地にしてたイギリス人にも、カレーは、カツカレーの方が人気ってこと?」
「そう言う事かもしれんけど、カツカレーが普通のカレーライス・・・ん? つまり、カツが載ってへんのに、カツカレーって呼ばれてるらしいねん」
「あ、そうなんか。普通のカレーのことをカツカレーって名前で辞書に載せてしまうくらい、カツカレーにインパクトがあったってことやな」
「勘違いも甚だしいやんな」
※僕の想像としては、欧米でご飯(ライス)が載ってくる料理の特徴として、アジアとは反対におかずの上にご飯を載せることが多いように思うので、カツが下に敷かれたカレーも、他の具材が下に隠れたカレーも見た目にはあまり違いが無く、結局人気のカツカレーが代表格になったんだと思います。(扉絵の写真参照)
「和製英語ってあるけど、英製和語やなソレ」
「昔からファミコンとかを『ニンテンドー』って言うたりしてるんやろ?」
「漆塗りのお椀とかは『ジャパン』って呼ぶし、日本人には意味不明な言葉も多いな」
「他にも『火鉢』ってあるやろ。それは炉端焼きのことを言うねんて」と妻がぽろっと言った。
「囲炉裏の代わりに、簡易的に火鉢を使うんかな?」
僕はその初耳情報に頭の中で想像を巡らせながら、海外でその言葉に接したことがあったか考えてみた。
その時、妻が思いがけないことを言った。
「元々は知らんけど、囲炉裏も鉄板焼きも、目の前で調理してもらいながら食べるんを『火鉢』って言うみたい」
「!!!?」僕に衝撃が走った。
「ちょっと待て。火鉢・・・ひばち・・・HIBACHI。これやぁー!」
『HIBACHI』をアメリカ人が発音したら、きっと「ハィバチ」になる。
ナンシーは、「ハバチ」じゃなく「火鉢」と言いたかったんだ。
カツカレーのおかげで、永年の謎が解けた。
つづく
作品名:英製和語(続・おしゃべりさんのひとり言143) 作家名:亨利(ヘンリー)