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娘と蝶の都市伝説6

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堂々と洒落(しゃれ)た店の名前を告げた。

答えを聞いた警官は、ああ、というようにうなずいた。
「ところでお前の家はどこだ」
すぐ秦に訊いた。
「この人のとなりです。親類です」
「サングラスにブルーのシャツの日本人、見なかったか?」
「見ませんでした」

英語の話せない中国人と中国語で話したのだ。
日本人などである訳がなかった。
いつのまにか胸のどきどきが消え、妙に落ち着いてきた。
「わかった。もういけ。さっさといけ」
警官が邪魔だとばかり、出入り口を手で示した。

「おい、通してくれ。北京飯店のコックと親類だ」
尋問をした警官が声をかけてくれた。
秦はバックを小脇に、いかにも親しげにおやじさんの肩を右手で押し、警官たちの前をすり抜けた。

「おまえの中国語はおかしい。どこからきた?」
外にでると、チャイニーズのおやじがさっそく話しかけてきた。
「困っているようだから、助けたんだ」
「ありがとう。だけど、もしかしたらお前はもっと困ってんじゃないのか?」

だが秦は、かまっていられなかった。
「おれは急いでいる。ここで失礼するよ」
表通りのCIAだか警察だかの車の横を通り過ぎたとき、目の前の路地に飛びこんだ。
「おい、ちょっと待て」
背中でおやじの声がした。


路地に入るや、秦は駆けだした。
CIAが登場したのだ。ぐずぐずなんかしていられない。
必死だった。ユキのDNA(遺伝子)は、はり『手配』されていたのだ。
考えてみればアメリカの国家機密が、すんなり自分のアドレスに送られてくるなんて、ありえないことだった。

ユキの三万年の生命力は、幻想などではなかったのかもしれない。
今朝のニューヨークのテレビのニュースで、シベリアの凍土で発見された線虫(せんちゅう)が、四万二千年ぶり,に生き返った、と報じていた。
ロシアのモスクワ大学とアメリカのプリンストン大学の研究チームの発表だ。

さらに日本発のニュースだったが、東京の大学の教授が二千万年前の茸の菌を栽培し、一センチほどのスエヒロタケの育成に成功したともいう。
線虫の遺伝子は四万二千年を、茸の遺伝子はなんと二千万年という膨大な時間を生き続けてきたのだ。
長い長い年月、眠りつづけていた遺伝子がスイッチをONにし、活動を再開させたのである。

秦を待ちかまえ、敵はネットの裏側に潜み、待ちかまえていたのだ。
そして思惑どおり、自分の存在を確認されてしまった。
しかし、敵の探索はパソコン止まりだ。
今のところ、ユキも本命の自分も、まだ無事であることがはっきりした。

もちろん、ユキのためにもこんなところで捕まってはいられない。
横路の奥には人通りが少なく、ふいに異次元の世界に飛び込んだような錯覚におちいった。
朽ち果てた看板を掲げ、扉を閉めきった古びた店が並んでいる。
店の名前のすべてが、スペイン語のようだ。
建物の入り口にたたずむ男はメキシカンであり、窓からのぞく男は黒人だ。

そうか、ここはニューヨークのサウスブロンクスなのだ、と秦はやっと気がついた。
そこに住む人々は、黒人はカリブやその他の中南米からやってきた密入国者たちで、スペイン語しか話さない。
またはメキシコ国境を越えてやってきたメキシカンもいる。
もろもろの理由を抱えた不法滞在者たちの生活の場だったのである。
あとはどこにでもいるチャイニーズだ。

ニューヨーク市内でありながら、サウスブロンクス地区のその一画は、米語圏ではなく、西班牙(スペイン)語圏なのである。
トッキングで鍛え、気紛(きまぐ)れだったが早朝のランニングを欠かしていなかったので、なんとか走りきれそうだった。

通りの左右は古びた店やアパート群だ。
窓は破れ、ガラスの破片が路面に飛び散っている。ほとんど廃墟である。
月の裏側に迷いこんだかのようだ。

息を切らして駆け抜けようとする秦の足音が響く。
いや、足音は自分のものだけではなかった。
追ってくる足音も迫っていた。

振り返えると、チャイニーズのおやじさんだった。
「おーい、まて。まってくれよ」
おやじは片手をのばし、のめりそうになりながら喘いでいた。
秦も、はあはあと息が切れだした。
だが、待つわけにはいかなかった。

横路に入って200メートルもきただろうか。
背後の足音はだいぶ離れたが、まだ追ってきていた。
しかし、その足音は妙に力強かった。
いや、ぐんぐん近づいているではないか。

秦は振り返り、ぎょっとなった。
おやじではなかった。若い逞(たくま)しそうな白人の男だった。
スーツを着ている。片手に持っているのは拳銃だ。
茶髪をなびかせ、走りながら腕をだし、銃をかまえていた。
自分がとんでもない機密に関わっていたことを、秦ははっきり知った。

逃げろ。逃げろ。秦はしっかり脇にバックを挟んだ。
からだを路の端に寄せようとした。
銃声が一発、裏通りに木霊した。
それが、どすんと全身に響いた。脇腹の熱い衝撃だった。

秦は前のめりに体を浮かせた。
口を開け、歯を剥きだした。腹部で爆発物が破裂したという感触だった。
石畳(いしだたみ)が目の前に迫った。
脇腹から血が吹きだし、路面にこぼれた。

『ユキ、三万年たって会えたのに、おまえの運命を見届けられなくなった……雪子、明日子、また会えそうだぞ。だけどユキ、おまえはなんのために三万年前から蘇(よみがえ)ったんだ』
秦は棒状に倒れ、石畳に額を打ちつけた。
両手を前にだし、俯(うつぶ)せの姿勢で倒れた瞬間、不精髭がざらっと地面をこすった。





作品名:娘と蝶の都市伝説6 作家名:いつか京