小説が読める!投稿できる!小説家(novelist)の小説投稿コミュニティ!

二次創作小説 https://2.novelist.jp/ | 官能小説 https://r18.novelist.jp/
オンライン小説投稿サイト「novelist.jp(ノベリスト・ジェイピー)」

娘と蝶の都市伝説6

INDEX|1ページ/13ページ|

次のページ
 
娘と蝶の都市伝説6



6-1 氷結から甦るとき



秦周一は雲南省の奥地、徳欽からバスに乗った。
さらに香格里拉(シャングリラ)からは、昆明、香港へと飛行機を乗り継いだ。

三人は殺されたのだ。殺したのはアメリカだ。
こんな場合はCIAが実行部隊になるのだろう。
中国国内でCIAが思うように活動できるかどうかは分からなかったが、密かなスパイ網を張りめぐらせていれば可能である。

三人が抹殺された理由は、変異遺伝子(へんいいでんし)の秘密を探ろうとしたからである。
アメリカは、ユキの変異遺伝子を国家機密にしたのだ。
自分の命も危なかった。バスに乗っても飛行機に乗っても、だれかが自分を狙って、陰でうかがっているのではないかと落ち着かなかった。

しかし、なんとか無事、香港にたどり着いた。
もちろん、まだ安心できる訳ではない。
凍死した三人の一件で知り得た情報を、日本の警察に知らせるべきかどうかと迷う。
その場合、まず第一に、龍玉堂(りゅぎょくどう)に伝わる古文書(こもんじょ)と麗江の雲南薬堂の楊正寧(ようせいねい)の古文書や、洞窟で出会ったユキについて説明しなければならない。

しかし、まともに受け取ってはくれないだろう。
だが、ユキの陰毛の鑑定があれば信じてもらえる。
秦は、香港とニューヨーク間の飛行機の乗り継ぎ時間を利用した。

『アメリカの検査会社の者が本人に会いたいと言っている』と湯川に告げられたあと、秦はビニールの小袋にユキの陰毛を入れ、手帳の裏表紙のポケットに挟んであった。
毛皮に付着していた陰毛はかなり特殊で、髄質(ずいしつ)がとても豊かだったので楽々鑑定ができたというのだ。

ネットサービスコーナーで、アメリカの検査会社を調べた。
依頼人は偽名だ。メールアドレスも新しく作った。
ニューヨークにオフィスのある会社を見つけ、空港の国際郵便で陰毛を送った。
送付作をするときは、指紋を残さないように手袋をはめた。
検査費用はニューヨークに着いたとき、現地で現金を封筒に入れて送る。

今どきあるのかどうかは分からなかったが、検査結果をメールで確認するときは、ネットカフェを使う。
陰毛の検査結果は三日後に送られてくる。
現在、記憶力やボール投げのすごさ以外、変異を表すこれといった特徴はない。
多くの変異遺伝子が眠っているのだ。

空港内の店で新品の衣服を買って着替え、以前のトレッキング用の衣服や用品を分散し、あちこちの塵入れに捨てた。
ロビーに出てなにげなく目を走らせたが、ソフト帽の鍔(つば)の下の景色のどこにもこっちを探るような怪しい人影は見当たらなかった。

一つだけ安心してよい徴候があった。
それは、DNAの持ち主のユキや関係者の自分がまだ特定されていないらしい、ということだった。
たぶん国立博物館の湯川博士のところで途切れているのだろう。
しかし、やがては湯川の秘書兼研究員の滝川加奈子から、自分の名前が浮かび上がる。

それよりも早く、ユキのDNAの秘密を解き明かさなければならない。
空港で英字新聞を買ってみたが、三人の凍死体の続報はどこにもない。
日本のテレビで見たきり、以降、どこのマスコミも取り上げていない。

秦は搭乗ゲートに向かった。
手に取った英字新聞をめくり、未練がましく二面、三面にすばやく目を通した。
すると三面の上段に『奇妙な古代人の住居跡を発見』と書かれたタイトルが目についた。
サブタイトルは『ネアンデルタール人はホモ・サピエンスと仲良く暮らしていた?!』だった。

場所はオーストリア。アルプス山脈のボテフ山の麓(ふもと)。
記事中(なか)には、山の斜面と思われる十五センチ四方の住居群の見取り図が記載されていた。
その右端に、墓とおぼしき人骨の発掘ヶ所が二つ。
かなり大きな集落らしく、斜面に穿たれた洞窟の住居跡は、二十数ヵ所ほどもあった。
中央には、一族の中心人物のものとおぼしき大きな洞窟。

『住居の端にある墓穴の人骨の発掘調査では、がっちりしたネアンデルタール人の骨と、スマートなホモ・サピエンスの人骨が仲良く横たわっている。だがそこには、どちらともつかぬ混血と思われる骨もあった。ポルトガルで発見された混血の子供の化石の骨の例もあるように、これらから推測できるのは、両者が共同生活を営んでいたという新事実である』

『現代の解釈では、文化レベルの高いホモ・サピエンスが、ネアンデルタール人を駆逐(くちく)し、現代人に至ったとされている。しかし、この集落だけの特殊な例なのかもしれないが、ここでは先に定住していたネアンデルタール人が主となり、両者はかなり仲良く暮らしていた模様である。もし、憶測どおりであるとしたら、今までの概念を大きく変えなければならない』

『もう一つの発見は、この集落だけのものかも知れないが、狩をするための道具、すなわち武器として弓矢や槍はもちろん、彼らは石も投げていたらしいということである。その石は各家々の洞窟にあり、大中小の三種類が用意されていた。大きなものは手で握れるもの、中(ちゅう)は掌(てのひら)にすっぽり入ってしまうもの、さらに小はピンポン玉ほどの大きさである。三種類の石の大きさは獲物によるものと推測できる』

え? と秦は息を呑み、もう一度記事を読みなおした。
投石用の石の写真の掲載はなく、ただの文章表現だった。
その目が次、に書かれた文章に吸い寄せられた。

『さらに、この集落のリーダーの住居とおぼしき大洞窟の奥の穴からは、青い石を丸く削り、金の鎖で繋ぎ止めた首飾りが発見された。首飾りは、後世で言うところの貴族なりの遺品とも憶測できるが、両者の共同生活という新事実に加え、その高度な加工技術などを考慮するとき、彼らの驚異的な文化レベルの見直しが迫られるであろう』
写真は白黒だった。ユキが持っていた首飾りにそっくりのような気がした。

そして記事の下の部分には、毛皮を着、獲物に向かって石を投げる男たちのイラストが描かれていた。
その背後では、子供や女たちが小動物に石を投げていた。
小さかったが、空中に飛ぶ石が丸くい点になっていた。
背後の風景は、雪を頂くアルプスのような山だ。

『なお、調査はEU学術調査団のメンバーにより、始まったばかりで、これらの記事の内容は推測の域をでないものである』
「ユキだ……」
秦は広げた新聞に、思わずつぶやいた。
しかし場所は、梅里雪山から遠く離れた東ヨーロッパのオーストリアである。

『確定的な今後の調査結果を待たねばならないが、大まかな年代測定では、おおよそ三万年前のものと推定できる』
「三万年だってか?」



ニューヨーク。マンハッタン、ミッドタウン・イースト。
シークレットサービスの二人が自室にいないユキを探し、AREホテルから表通りにでた。一人が55ストリートから5番街へ、もう一人がレキシントンアベニューに向かう。
ユキは街をぶらつきたいと言っていた、とダン・池田からの助言だ。

それにしても、妙なコソ泥がユキの部屋に忍びこんだものである。
警察に引き渡したが、ドアは開いていたと主張する。
またホテルのドアマンは、入れてもいいとユキが命じたと証言する。
作品名:娘と蝶の都市伝説6 作家名:いつか京