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娘と蝶の都市伝説3

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畑中と一緒にベンチに移ったとき、はじめてメンバーと顔を合わせた。

選手のみんなは、女性アナウンサーがユニフォームを着てインタビューをしにきたのだと思った。
同時に監督の高原も姿を見せた。畑中がユキとともに監督の横に立った。
「みんな聞いてくれ。オールスター開けの投手、ユキだ」
監督がユキの肩を軽く叩き、先発メンバーに紹介した。

全員がぎょっとなって、ユキを見守った。
監督と特別コーチの畑中に挟まれ、ユキはちょっとはにかんだ。
が、すぐに頬をひきしめ、唇を噛んだ。
そして、閉じ込めた闘志が今にもはじけそうに、青味がかった瞳を宙にすえた。

TGの選手は口を開けたまま、だれも身動きができなかった。
自分の登板だとおもっていた当て馬のピッチャーが、あんぐり口を開け、ユキを見守った。
場内では、スタートメンバーの発表です、とアナウンスされていた。
バックスクリーンの掲示板に名前が点灯されると同時に、選手がグランドに飛びだすのだ。

六球団は、相変わらず三ゲーム内で白熱の首位争いを展開していた。
おかげで、野球界全体が熱くもりあがっていた。
名前を呼ばれた一番バッターが、グラウンドにとびだした。
二番、三番と選手たちが、弾む足取りでグランドにでていく。

最後の九番の電光掲示板が点灯し、ユキというカタカナ文字が浮かんだ。
同時に場内アナウンスが、高らかに『ピッチャー、ユキー』と呼んだ。
「本日予定していたスタメンピッチャーが故障のため、急遽(きゅうきょ)新人ピッチャートと交代いたします」
アナウンサーの報告を聞き、観客は一斉に電光掲示とベンチに目をやった。

グラブを手に、ベンチからピッチャーズマウンドにユキが走った。
背中のポニーテールが揺れる。女性を強調するショートパンツ姿ではなかった。
本格的な選手を意味するように、男性と同じ上下のユニフォー-ム姿だ。
一瞬、ドーム内は静まり返った。
敵も味方もファンも、現れた女性を呆然と眺めた。

ユキは、ピッチャーズマウンドに立った。
帽子を取り、頭上にかざしながら、からだを一回転させた。
背番号は16、そして間違いなく『YUKI』と背中に書かれている。
だが、静かなどよめきは治まらない。

ピッチャーズマウンドに集った味方の選手も、訳が分からなかった。
表情を失い、ぼんやりユニフォーム姿の一人の女性を見守った。
キャッチャーの山崎がやってきて、公式ボールをユキに渡す。
その間に、相手チームのメンバーが発表される。

練習投球である。
女性ピッチャーが、山なりのボールを投げる。
公式のキャチャーの山崎が、何食わぬ顔でそれを受ける。
ピチャーズマウンドに集まっている味方の選手たちが、まだ呆然と二人を眺めている。
球場がざわつく。
報道陣さえ、なにが起こっているかが分らない。

正面に設けられた報道用の席では、全員がただきょろきょろしている。
「アップだ。アップだ」
記者の一人が叫んだ。
テーブル席に備えつけられたTV画面である。
「おっ、美人じゃないか」
「ほんとうに投げるのか」

もちろん資料は配られていない。
観客たちの視線を受けながら、二人はふざけたような山なりのボールを投げ合った。
とにかく正捕手の山崎が、公式の球場で相手にしているのだ。
冗談などである訳がなかった。

ユキは、球場の静寂の中に伝わる雑音を全身で聞いていた。
耳元に畑中コーチの、落ち着け、肩の力を抜け、という声が残っていた。
山崎が腰を下ろし、かまえたキャッチャーミットを右拳で、ぽんぽんと叩いた。
練習投球である。
ワインドアップでゆるい直球だ。
相変わらず客席は沈黙を守っている。

二球めは、一球めよりもスピードのあるボールだった。
弓なりの投球の軌跡が、やや直線に変わった。
まだ120キロというところか。
キャッチャーの山崎が、スローカーブのサインをだした。
続いてカットボール。次はスライダー。

ユキは静かに燃えていた。四万人の目が、自分の一挙一動を見守っているのだ。
いや、テレビ中継されているから、何百万人──もしかしたら何千万人だ。
からだは落ち着いていても、心の奥の芯が小刻みに震えた。
規定投球を終えた。
「プレーボール」

とうとうアンパイアの右手が、高々と上った。
試合開始である。しかし球場はしんとしている。
所々に湧く子供の叫び声。それが、ドームの屋根に反射する。
キャッチャーが腰をひき、ミットをかまえた。
ユキはゆっくりふりかぶった。

一瞬、白い直線がぱっと光った。
わあっ、きゃっと悲鳴をあげた女性の観客。
ど真ん中のストライクが、キャッチャーミットに吸いこまれた。
ストレートだ。バッターの呆気にとられた顔。
球場全体が、はっと息を呑んだ。
ついで、おおっとどよめく。

観客の全員が、バックスクリーンの電光掲示板に目をやる。
そこには『161』と表示されていた。
161キロメートルの球速である。
「おおおー」
どよめきが、大歓声に変わった。

湧きおこる拍手。
それまでデータもなにもなく、無言を要求されていたテレビやラジオのアナウンサーが、いっせいにマイクにかじりついた。
四万人の観客が放つ、叫び声や拍手や感動の溜息。のぞく
頬を赤らめたユキが、次の投球の準備に入る。
腰をかがめ、キャッチャーの股間をのぞく。

山崎の股のあいだから人差し指が一本、ぴんとでていた。同じストレートだ。
振りかぶって投げる。アンパイアの腕が勢いよく挙がる。
わあっと、また歓声。
球場を包みこむ大波のようなどよめき。
161キロ。
次のサインも指一本。今度は162キロ。

ストライクのコールとともに、アンパイアのオーバーなアクション。
アウトをコールされてもバッターは、バットをかまえたまま、目の前の空間をぼんやり眺めている。
一番バッターは、次の二番バッターに、おいと声をかけられるまで気がつかなかった。

キャッチャーの山崎は、またもストレートのサイン。
よし、いくぞとユキが振りかぶる。
もう不安はなくなった。代わりにぐんぐん力が込みあげてきた。
だが、冷静さを装った。
二番バッターは、さっそくストレートを狙ってきた。
だが三球三振。ボールは、161キロから160キロをキープしている。

二番バッターは、二度、三度と首をかしげ、三番バターと交代した。
三番バッターは、手元で浮きあがる、という助言を二番バッターから受けた。
でも、どうにもならなかった。

ユキは大柄な三番バッターのウイークポイントを、記憶から引きだした。
「いくぞ」
白糸を引いたように、ボールが山崎のミットに消える。
アンパイアが飛びあがって、空手の突きを演じる。バッターアウト。

ユキは唇を噛んだ。
こぼれる笑みを前歯の先で殺した。
三振を取っても、相手に笑顔を向けてはいけないと秦から教わった。

歓声が鳴り止まない。
やがてスタンドオーベーションに変わった。
TGのファンばかりではない。
名古屋ドラゴンズのファンも一緒になった。

秦はどこだろう。気になってプレイの邪魔(じゃま)になるだろうからホテルの部屋でテレビを見ている、といった。
でも、きっと来ていると目で探した。


作品名:娘と蝶の都市伝説3 作家名:いつか京