小説が読める!投稿できる!小説家(novelist)の小説投稿コミュニティ!

二次創作小説 https://2.novelist.jp/ | 官能小説 https://r18.novelist.jp/
オンライン小説投稿サイト「novelist.jp(ノベリスト・ジェイピー)」

娘と蝶の都市伝説3

INDEX|1ページ/8ページ|

次のページ
 
娘と蝶の都市伝説3



3-1 キャッチボール


1 
ホーム電話を取ると、元気な若い女の声が聞こえた。
『わたし、ユキコです』
秦周一(はたしゅういち)は一瞬、受話器を耳から外し、また当てなおした。
『ユキコ?』
『はい。麗江(れいこう)で別れたユキコです』
はきはきした声だった。

『ユキコだって……』
秦はどきりとした。
なんと、あのとき行方不明になったユキコからだった。

秦家に伝わる古文書を解明したが、その内容には、見事期待をはぐらかされた。
しかし、地図に記された×印の洞窟には、生身の可愛いい娘がいた。
しかも、病死した妻の明日子、事故死した娘の雪子に似た女性だった。
似ているどころか、娘の雪子の青味がかった瞳と同じ目をしていたのだ。

洞窟にいた娘は『氷が融けたときに迎えにくる人を待っていた』と答えたが、それは古文書にでてくる娘の台詞そのものでもあった。
さらに麗江の書道家に、秦家の祖先とおぼしき娘の父親の末裔が、秦国雲南薬草書簡を携え、東に向けて旅立ったという篆書(てんしょ)の文書も見せられた。
この新たなる古文書の内容を素直に受け止めるとしたら、洞窟にいた娘は、遠い遠い時代の自分の祖先であるという奇妙なストーリーができてしまう。

洞窟内にいたユキコは、自分自身についてはなにも覚えていなかった。
雲南省(うんなんしょう)の山育ちとはおもえぬ容姿であったが、そのくせ、石を投げて鳥を落とす見事な特技を持っていた。
野生的な毛皮も着ていたし、料理には黒曜石(こくようせき)の包丁も使った。

だが、昆明(こんめい)に向かう途中、麗江で行方不明になった。
古文書から出てきた訳の分からない娘がどこかに消え、ほっとしたような気もしたが、成長した雪子を失ってしまったという無念の思いが心に残った。

帰国後、家でザックを開けてみると、豹とおぼしき動物の毛皮がでてきた。履いていた皮の靴は、どこにも見当たらなかった。
とにかく、まずはなんの毛皮なのかを確かめようと毛皮屋に行ってみた。
豹に似ているがなんの毛皮かは分からない、珍しい気がするのでと、毛皮屋の主は国立博物館勤務の動物学者、湯川博士を紹介してくれた。野生動物の専門家だった。

秦は動物学者に電話で連絡し、毛皮の切れ端を送った。
そして数日たったとき、鑑定が難しい、これをどこで手に入れたのか、と動物学者が電話で聞いてきた。秦
は、アジアの雪山をトレッキングしていたときの拾い物ですと答えた。
毛皮の正体については、動物学者の湯川博士が調査中であった。

『わたし、気がついたら上海(しゃんはい)にいたんです』
受話器からユキコの生(なま)の声が、耳に響いた。
『いま、麗江から電話しているんだな?』
秦は弾む気持ちをおさえ、声を殺した。

『いいえ、ちがいます。アキハバラの電気屋さんです。パックツアーで観光にきたんです』
『パックツアーで観光?、ほんとかよ』
いきなりの展開に、秦は声をあげてしまった。
だが、息をつき、落ち着こうとした。

『だけど、日本語、普通にしゃべってるじゃないか?』
電話に出たときから気になっていた。
『上海で日本人に教えてもらったんです』
すらすらと日本語で答える。
秦は、ユキコの超天才的な語学力を覚えていた。

『わたし、アキハバラのヒカリ電気の一階、ケイタイ売り場にいます。きてくれますか?』
がっかりさせられた古文書(こもんじょ)だったが、妻の明日子と娘の雪子の面影のあるユキコとの遭遇が唯一の収穫だった。

訳のわからない彼女の出現にとまどい、いなくなってやれやれという気持ちと、残念な気持ちが混ざりあった。
だが、麗江のホテルで渡した名刺を頼りに、パックツアーにまぎれ、やってきたのだ。
秦は拳をにぎり、ガッツポーズをとった。
散らかった居間に、久しぶりであふれるエネルギーだった。



地下鉄の駅を降り、電気街の通りをヒカリ電気のほうに向かった。
丸くなった背筋をのばし、不精髭(ぶしょうひげ)を剃ってさっぱりした顎をひきしめた。
頬に当たる風が気持ちいい。
人込みを縫う足が自然に速くなった。
日本に帰ってから二ヶ月がたっていた。
長い時間ではなかったが、どんな娘になっているのかと胸がさわいだ。

新製品がならぶ一階のケイタイ売り場を見わたした。
だが、にぎわう客の中にユキコの姿はなかった。
広い店の奥に外国語のざわめきがあったが、そっちにもそれらしき姿はない。
二階かなと歩きだそうとしたとき、上の階からエスカレーターで降りてくるユキコを発見した。

肩から例の豹皮のポシェットを下げている。
黄色い花柄のブラウスに襞のある白いスカートだ。
髪がすこし伸び、肩にかかっていた。
入口の秦を発見し、白い歯をのぞかせ、笑顔を見せた。

人ごみを縫い、跳びつかんばかりに駆けてきた。
子供のように輝き、透きとおったその目の奥に、かすかな青味がある。
「ここの買い物が終わったので、もう自由行動です。秦さん、スカイツリーに連れて行ってください。そうだ、それから、ちょっと教えてください」
いきなりの忙し気な挨拶だった。

ユキコに袖を引かれるまま、秦はエスカレーターで三階までいった。
店じゅうのテレビが野球を放映していた。
録画である。満員の観客がわあーとどよめく。
それが大小無数のテレビに映しだされ、天井や壁に反射する。
電気屋の三階は球場の歓声であふれた。

「これなに?」
ユキコは、目の前の大型テレビを指差した。
ピッチャーがボールを投げるところだった。
ユキコがなにを言わんとしているのか、秦は即座に理解した。

「これは野球というスポーツだ。ボールという球を投げて、打者がそれを打って、点を争うゲームだ。詳しく説明するから、ゆっくり話せるところにいこう。ほかにもいろいろ聞きたい」
そうか、もしユキコがすごいボールを投げられたら面白いと、そのときに頭に閃(ひらめ)いた。ふいに浮かんだわくわく感だったが、ぐっと押さえた。
今は、ほかの用件が先だ。

一階のケイタイ売り場をでて、大通りの歩道をさっき来た方向に向かった。
歩道は相変わらずの人混みである。並んで歩くユキコのからだが、秦の腕にふれる。
「あなたは、自分の名前や故郷を思い出したの? パスポート、見せてもらえる?」
ユキコは愛用のポシェットから、パスポートをだした。
赤茶の表紙の中国のパスポートだ。李月蘭(りげつらん)という名前だった。
199X年3月19日生まれ、20歳。ビザもちゃんと取れていた。完璧なパスポートだった。
   
パソコンショップの隣のコーヒーショップに入った。
「わたし、だれかに⦅大きな都市にいきなさい⦆と言われて、気がついたら上海にいたんです。そのとき、ポシェットにあった秦さんの名刺にメモされていたホテルに電話をしたら、半月前に帰ったといわれたんです」

「やっぱり、まだ頭が熱くなるのか? それでその聞こえたというのは、自分の声? それとも誰かの声?」
大事な問いかけを発しながらも、自分を探していたという嬉しさが口元に現れた。
「もしかしたら、神様かな」
ユキコは、はにかむように笑って答える。
そして続けた。
作品名:娘と蝶の都市伝説3 作家名:いつか京