娘と蝶の都市伝説2
ペイントした互いのからだが、太陽の光を浴び、ぴかぴか輝く。
両者の戦いは、簡単には決着しなかった。
はじめは両軍とも敵軍深く侵入し、相手の領地の石像を破壊した。
東と西に分かれた戦争のおかげで、多くの兵士が死に、人口が減った。
だが、飢餓(きが)の問題が解決した訳ではなかった。
すでに自然は破壊しつくされ、回復の見込みはなかった。
それでも島の大いなる支配者は、己の保身のために戦った。
6
「その後もラパヌイの住民は戦いつづけました。一度民族と民族が憎しみあえば、憎しみが伝統となり、もう容易に解決はしません。山野は荒れ放題です。それでも人々はかろうじて生きていました。蛋白質を補うため、生き残るため、いつしか戦いが人間狩りに様相を変えていったのです。
それから約50年後の1722年、オランダの艦隊がその島を発見しました。そのとき島の人口は、3000人ほどに減っていました。その日はちょうどキリストの復活祭だったので、白人たちはその島を『イースター島』と名付けました。住民はそのとき初めて、世界がラパヌイだけではないという事実を知ったのです。
その後、多くの未開の原住民と同じように、ヨーロッパから持ち込まれた疫病、または奴隷狩りなどの行為により、1877年に人口は111人にまで減っていました。
1888年、チリ共和国の領土となったが、不毛となった島の自然は、今も再生できていません。荒れ果てた岩山や草原に、製造中であったり、運搬途中であったり、海岸の台座で破壊されたままの数多くの石像──モアイが放置されているのです。
初期のころに制作された足まである像が、下半身を深く土に埋め込まれ、ところどころ、虚ろな目で荒れ野に起立しているばかりです。これが、地元民がラパヌイと呼び、白人たちがイースター島と呼んでいる島の悲惨な歴史なのです。どうか地球全体にこれらの事例が当てはまらないようにと、祈るばかりです」
BATARAの超粘菌たちが見渡す島の景色は、雨風に晒された褐色の大地の重なりだった。露出した岩たちは、自分をそんな姿にしてしまった人間たちに復讐するかのごとく、現代科学で挑む緑化計画を頑なに拒む。
「長老、この島を甦(よみがえ)らすのには、どうしたらいいんですか」
思い余ってだれかが訊いた。
「我々の仲間である微生物が住める土がない。土は樹木の葉や草からできる。動物や人が住むためには、島がある程度の樹木と土で覆われていなければならない。かつての歴史的な文明国家、メソポタミア、エジプト、クレタ、古代ギリシャ、ローマ、ピザンティン、中央アメリカ、アンデスなど、彼らが築いた偉大な力も、自然破壊には勝てなかった。三千年前の地球の森林占有率は80パーセント、五百年前は15パーセント、そして現在は5パーセントだ。
加速的に森林破壊が進んでいる。だれかがどこかで手を打たない限り、地球文明は崩壊し、未来の砂漠化は明白である。数パーセントの人間が、己の利益のために策略をめぐらしている場合ではないのだ。しかもここには、化学物質も大地に還元しにくいプラスチックもない。白人たちの文明が押し寄せ、経済とやらが発展し、木々を伐採したわけでもない。でも島は滅びた。とにかく、人間てやつが問題なんだよ」
蝶の前頭葉に陣取り、長老が腕を組むようにつぶやいた。
すると、天から声が反応した。
⦅共存共栄の精神がなければ、やがて世界は崩壊する⦆
「人間にそういうことは、無理です。人間は争い事が大好きなんです」
BATARAのだれかが、言い返した。
⦅いや、だれかにそう思い込まされているだけだ。人間にも素晴らしい民族がいる⦆
「でも、進化して知恵がついてからというものの、争い事ばかりじゃないですか」
「弱肉強食(じゃくにくきょうしょく)なんだからな」
「やるか、やられるかが世界の原理だってな」
「戦って勝つことが人生のだすべてだって」
蝶のあちこちから意見がでた。
「この世に、戦わずに生きる民族なんて、いないだろ」
⦅いや、いる⦆
力強い声だった。
「どこに」
超粘菌たちが声をそろえた。
⦅日本人だ。縄文時代(じょうもんじだい)と呼ばれた17000年もの間、彼らは一度も殺し合いをしなかった。人に危害を加える武器は持たなかった。毎日、毎週、毎月、どこかで奪うために殺し合っている人間が、17000年間もの間、戦いのない暮らしをしていたんだ。17000年もだ。そんなふうに日本列島で人々が平和に暮らしていたとき、大陸から武器を持った移民がやってきた。日本列島の住民も対抗し、武器を持たざるを得なくなった⦆
「なんだ、やっぱり共存共栄はできなかったんじゃないか」
皮肉ではなく、がっかりした口調だった。