娘と蝶の都市伝説2
ナメクジ体を作り終えたBATARAたちは、フタバガキの地下の毛根を川の流れのように伝った。
目的の場所は、長老が待機する地下の空洞だ。
地下空洞の天井には、フタバガキの毛根が幾筋も垂れている。
そのうちの数本の毛根を伝い、ナメクジ体が次々に滴る。
落下したそこには、すでにナメクジ体の固まりができている。
「全員、持ち場につけ。持ち場につけ」
伝達機能の器官部位を受け持つ集合体が、ただちに機能し、パルスを発信し始める。
それぞれのグループが、課せられた機能を果たそうとけんめいに活動する。
ナメクジ体の固まりは、ぐりぐりと回転し、脈打つ。
「右前翅(ぜんし)、右前翅、こっちだ。右前の翅(はね)になるやつはこっちだ」
「左後翅(こうし)、左後翅はこっちだ」
「胸部は、前胸(ぜんきょう)、中胸(ちゅうきょう)、後胸(こうきょう)に分かれている。まちがえるな」
「脚は胸部の各部に付く、足のみんな、ポジションに気をつけろ」
「ここは中胸だ。後脚は後胸に付くんだ、となりにいけ」
あちこちに、ぼこぼこにょきにょき、突起ができる。
「全員集合したか。持ち場に着いたか。報告せよ」
「急げ、急げ」
フタバガキの毛根が、風にあおられるように揺れだした。
地上の電動ノコギリの唸りが、甲高(かんだかく)くキーンと響く。
「おーい、倒れるぞう」
叫び声が起こる。
突如、天を突く雷のような音。
数千年もの間、世代の生命を幾度もくりかえし、繋いできた巨木の呻きだ。
ばりばりばり……。
ぎしぎしぎし……
どどどどどど……。
地中のフタバガキの根が、がくっと浮き上がった。
土の塊が、ぼろぼろと崩れはじめた。
「いくぞ。発進用意」
地面に亀裂が入り、閃くように光が射した。
「出発!」
長老の鋭い号令が飛ぶ。
BATARAの超粘菌たちは、全身に力をこめた。
できたての左右の翅(はね)がぎしぎしと軋(きし)んだ。
あたりの景色が滝のように流れた。
一匹の蝶(ちょう)だった。
長老は蝶の頭部のてっぺんちかく、前頭葉(ぜんとうよう)の襞(ひだ)の隙間に陣取った。
複眼たちが集めた光の眩しさに一瞬目がくらんだが、神経を集中させた。
目映(まばゆ)い空中だった。
多細胞の変形体として蝶に変身し、超粘菌は見事宙に舞った。
訓練もないまま、急いで作られた新米の翅は、あちこちに歪(ゆがみ)みや凹凸(おうとつ)があった。
羽ばたきが不均衡で、右に左によろけた。
「右翼も左翼もがんばれ」
胴や脚の仲間たちが激励した。
「がんばれ、がんばれ」
他の器官の超粘菌たちも、左右の翅に呼びかける。
4
フタバガキの切り株が、斜めに傾いた。
地面にできた割れ目から、紋白蝶(もんしろちょう)が飛びだした。
だが、大木に群がり、作業に夢中の作業員たちは気づかない。
空間に舞った蝶は、ジャングルの闖入者(ちんにゅうしゃ)から逃れるように、けんめいに羽ばたいた。
⦅海をこえ、東に向かえ。そこでまた連絡する⦆
彼方の空から、そんな命令がくだった。
「みんな、よくやった。これから長い旅にでる。力を合わせ、旅を成功させよう」
長老が呼びかけた。