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娘と蝶の都市伝説2

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娘と蝶の都市伝説2




2ー1 ジャングルを飛ぶ蝶



ボルネオ島のジャングル。
役人に賄賂(わいろ)をわたした違法業者が、森の奥深くまで侵入し、根こそぎ樹木を伐採する。

その結果、類人猿など、人間の目で見た愛くるしい動物たちばかりでなく、上空に枝をひろげる樹冠(じゅかん)や木立の空間域で活動する鳥類などの小動物や昆虫、そして地中の生物、微生物(びせいぶつ)など、ありとあらゆる生物群が一気に地上から消える。

今、その熱帯のジャングルで、ちょっとした揉め事がおこっていた。
巨大なフタバガキの古木(こぼく)の前だった。
雇われた地元住民たちが、その木の伐採を拒否したのだ。
古木の幹は、三人が両手を広げて手をつなぎ、やっと囲める太さだった。

「この木は神様の木だ。刈らねえほうがいい。罰があたる」
歳のいった髭の労働者が訴えた。
互いに目を合わせ、ほかの労働者も神妙にうなずく。

「神様の木だと? 罰があたるだと? このグローバル時代になにを言ってる。そんな迷信を信じてるから、おまえらはいつまでたってもただの貧乏人なんだ」
 現場監督が腰に手を当て、鼻で笑った。

すると一人の若い労働者が、真面目顔で訊いた。
「あのう、グローバル時代って、なんですか?」
お、なんだこいつ、と現場監督は男を見返した。
だが、質問者の真剣な顔つきに免じ、一言だけ相手にした。

「自由経済っていうんだ。アメリカ風のやりかただ」
「じゃあ、そのアメリカに言ってくだせい。この木を刈ると祟(たた)られますぜって」
「ばかやろ。お前の意見なんかどうだっていい。さっさと仕事にかかれ」
現場監督は顎で古木をしゃくった。

「だめだ、この木は刈らねえでくだせい」
「おねげえしやすだあ」
他の労働者も加わり、執拗(しつよう)に食い下がった。
だがあまりにもばかばかしかったので、現場監督はうんうんとうなずくだけだった。

そして宣告した。
「全員くび」
とたんに労働者たちは、小さく足を踏んであわてた。
みんな穴の開いたシャツに、煮しめたようなボロの腰巻だ。
前金はもう使ってしまった。仕事をあてにし、借金までしていた。

遠い祖先からの言い伝えを、グローバル時代におしきられ、労働者たちは電動鋸(のこぎり)の柄を握りなおした。



「とうとう、やってきたか」
リーダーの長老は、千分の一ミリほどの微生物だ。
いま伐採されようとしているフタバガキの木の根には、太古からの粘菌(ねんきん)たちが棲んでいた。

粘菌は、遺伝子を持った微生物の仲間ではある。
だが、この古木に住む種は他とはかなり異なっていた。
大木が朽ち、横たわった幹から幼木が芽をだす。
その幼木が大木に育って朽ち……と繰り返すその幹の根元の空洞が、棲み処だった。

BATARA(バタラ)と呼ばれている超粘菌(ちょうねんきん)である。
BATARAは古い言葉で、『神様』や『はじまり』などの意味がある。
この粘菌に超がつくのは、地球上の九百種類の粘菌をはるかに凌駕(りょうが)する力をもっていたからだ。

地球上の熱帯や寒冷地域に限らず、落ち葉の裏側などに生息する粘菌。
微生物の仲間であり、見た目には、カビや小さな茸(きのこ)に似たごく普通の菌類であるが、独特の力あった。
はじめて粘菌を研究した学者は、動物でも植物でもないこの生き物は、もしかしたら宇宙からきた謎の生命体ではないかと不思議がった。

例えば、採取した菌を三十センチ四方の木枠の端に置く。
迷路を作って餌のバクテリアを反対側の端にセットする。
迷路は、長さのちがう三通りほどが用意されている。
だが粘菌は最短距離の通路をえらび、餌にありつく。

複雑な迷路であっても、間違いなく最短距離の通路で餌場に到達する。
神経らしき器官も脳も、どこにもないのにである。

粘菌は、植物でもあるし動物でもあった。
単細胞の微生物が、多細胞の植物と動物に進化しようとした過程で、両方の機能を備えたまま個体化したのか。

粘菌の生態サイクルは、次のようになっている。
植物状態のある時期に、1ミリから5ミリほどの茸の姿になり、胞子(ほうし)を飛ばす。
自分の分身を胞子として空中に漂わせ、新天地に向かわせるのだ。
新たな生息地に着陸すると、胞子はそこで発芽する。

そして今度は、細胞性の粘菌アメーバーに姿を変える。
もしそこが水場なら、尻に鞭毛(べんもう)をつけた鞭毛細胞になり、水中を泳ぐ。
そこがもし乾燥地変わると鞭毛を落とし、ただの粘菌アメーバーになる。

自分より小さな菌などを餌に成長し、分裂し、数を増やす。
この時期の粘菌アメーバーに老化現象はない。
単独行動の粘菌細胞はやがて仲間を求めて集合し、一ミリから五ミリほどのナメクジ体という多細胞体になる。

ナメクジ体は落ち葉の下などに潜み、植物状態への移行準備に入る。
そのときすでに、ナメクジ体のそれぞれの細胞の集まりは、次の変形体である茸の柄や笠や胞子になる役割を各自が自覚している。
やがて時期がくると木の葉の下から這い出て、太陽の光を浴び、個々の役目どおりの部位に変身する。

そうして茸になったら、再び自分の分身である胞子を飛ばし、サイクルを完成させる。



微生物であるBATARAの超粘菌は、多細胞のナメクジ体になったり、胞子状態になったり、単細胞になったり、自らの生命サイクルを自由に活用する。
情報伝達には、集団感知機能を利用したパルスを用いる。
身内同士ばかりではなく、コミュニケーションを取るため、離れた他の仲間とも交信する。

集団感知機能は、英語でクオレムセンシングといい、微生物が集団になったときの化学反応のパワーで生じる。
ある微生物の種では、発光体になったりもする。
「みんなよく聞け、おれたちは行かなければならない。微生物としての使命を果たすのだ」

長老の言葉に、フタバガキの地下の毛根がざわっと震えた。
毛根は、円形状に直系20メートルほどに広がっている。
危機感はすでに、フタバガキの根に住む超粘菌の全員に伝わっている。

⦅神の木は倒された。BATARAよ。予定通り、ただちに行動せよ⦆
長老は、はっきりメッセージを受け取った。
パルスを発したのが、だれなのかはもうは分かっていた。

こんなときのため、超粘菌の長老は多細胞生命誕生の初期にこの世に生を受けた。長老は長老と呼ばれているが、年寄りというわけではない。
「各自、用意せよ。予定通り活動を開始する」
長老の命令に、フタバガキの毛根に張り付いていたBATARAの超粘菌たちがいっせいに胎動(たいどう)しだす。

毛根の一定の場所に集合した超粘菌たちは、そこで五ミリほどの固まりになる。ナメクジ体である。
ナメクジ体がさらに毛根を伝って集まり、一つの器官を形成する。
それぞれが生物形態の各部位になるのだが、これらの器官はすべて数万の超粘菌の集合体である。
集合体は独自で会話を交わし、意志を持つようになる。

頭上の大地は大騒ぎだ。
どすん、どすん、と地面が揺れる。
何人もの人間の足音。モーターの唸り。
ブルトーザのキャタビラの響き。
作品名:娘と蝶の都市伝説2 作家名:いつか京