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バカ殿お笑い禁止令

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 そこへ、上野の山ばかりではなく、愛宕(あたご)の山にも賊がたてこもったと、奉行に報告がくる。さらに品川の御殿山(ごてんやま)にも大勢があつまり、笑いの奇声をとどろかせているという。

「者ども、三班に分かれ……」
 寛永寺の門前である。奉行の近山金次郎が叫ぶ。前脚をあげ、いななく馬の手綱を引き絞る。
 すると、さらに息急(いきせ)き切って早馬がきた。
「もうしあげます。中野の囚人が、全員脱走いたしました」
 中野の囚人といえば、お笑いの極悪人集団だ。


7 お笑い鼠小僧

 寛永寺まえの混乱のさなか、岡っ引の徳兵衛と下っ引の松五郎は、同心の望月の旦那から、町のようすを探れと命じられた。
 二人は上野の山をおり、弁天池から神田にむかった。
 望月の旦那が心配したように、上野の爆笑が町にひびき、人々が騒音に乗じ、あちこちで笑いあっていた。
 遠くに聞こえているのは、愛宕(あたご)の山の歓声か。
 そればかりか辻笑いが堂々、道端でど突き漫才をやっていた。それをみんなが囲い、腹をかかえている。お玉が池の連中の努力のたまものなのか、コテコテがみごと、江戸庶民にうけていた。

「やい、そこのおめえ」
 口をあけ、空を見ている不審な男に、目玉の松五郎が声をかけた。
「名前はなんてんだ」
「あたい?」
 男は首をかしげ、自分を指さした。
「あたいの名前は……うししし、なーんだ?」
「なーんだじゃねえ。こちとらは忙しいんだ」
「そんなら教えるけど、さいしょは、『よ』がつく」
「よ、がつくだあ?」
「そのつぎは『た』がつく」
「ヨタコ、か?」
「青森にいるそれは、ヨタコじゃなくって、イタコだあ」
「じゃあ、ヨタカだろ?」
「それは、こうやって着物きて、夜、橋のたもとに立って、ちょいとお兄さん、てやる女の人だあ」

「もしかしたらお前え、中野を脱走した……」
「あたりー。あたい、よたろーだあ」
「よたろーが、こんなところでなにしてる」
「かえってきたろー」
 よたろーは、足をばたばた踏んでよろこんだ。
「くまさんも、はっつあんも、いっしょにきたろー」

 徳兵衛と松五郎は、あらためて界隈を見わたした。
 お笑いを復活させた町は、見事に活気も取りもどしていた。
「御用」
「御用」
 目付か勘定(かんじょう)奉行の配下なのか、町なかの捕り方たちが、笑う男や女を追っていた。
「御用だ、御用だ」
 火消しの半纏(はんてん)を着た連中も捕り方の一団にまじっている。

「お笑い鼠小僧(ねずみこぞう)がでたぞー」
「お笑い次郎吉だ」
 町人たちが、口々に叫んでいた。
 お笑い鼠小僧のうわさは、徳兵衛も松五郎も耳にしていた。
 二人は捕り方たちの後を追った。
 半丁もいくと、尻縄町(しんなわちょう)の武家屋敷の白壁を、大勢の捕り方たちが囲っていた。
「お笑い鼠小僧、次郎吉いー」
 一人が叫ぶと、捕り方たちが声をそろえる。
「御用だあ、御用だあ」
「観念して、お縄をちょうだいしろ」
「御用だあ、御用だあ」
 御用提灯が白壁の塀にそってどどっと移動する。

「いたぞう」
 黒瓦の屋根に人影があった。箱をかついでいる。千両箱だ。
 お笑い鼠小僧次郎吉は、豆絞(まめしぼ)りの手拭いで頬被りをしている。頬に白粉をぬり、眉を横一本、黒く太く引いている。千両箱を笊(ざる)にもちかえたら、即座に泥鰌(どじょう)すくいでもはじめそうだ。
「お笑い鼠小僧、がんばれー」
 集まった野次馬から声援がおこる。
 すると、お笑い鼠小僧が屋根のうえで足を踏みはずした。足を高々とあげ、すってんと転んで見せる。もちろん芸だ。
 わあと笑い声。
 箱からこぼれ、宙に舞った数枚の小判。夕日に照らされ、きらきら輝く。ところが跳ねおきた鼠小僧は、空中に両手を泳がせ、腰をくねらせ、光る小判をキャッチした。
 湧きおこる拍手。がんばれーの声援。

「お笑い鼠小僧吉、神妙(しんみょう)にしやがれい」
「御用だ、御用だ」
 小判を拾いあつめた鼠小僧は、千両箱をかついだまま、腰を前後にひっくひっくと揺らし、屋根のてっぺんを目指す。
 だが、もうふらふらだ。瓦に足をとられ、また今にもすってんころりんと倒れそうだ。しかし、よろろよろろと右に左によろめきながら、ぐるぐる腕をまわす。顎をあげてのけ反り、白粉顔でこらえる。
 そのたび、おーっとっとっと、おーっとっとっと、みんなのかけ声。
 いかにも懸命なその顔つきがおかしい。わあわあ笑いの渦。そして拍手。
 御用だ、御用だ、と役人が叫ぶが、うるせえ黙ってろ、と野次馬たちに叱られる。

 お笑い鼠小僧は、ようやく屋根のてっぺんにたどり着く。
 ふうふう、はあはあ、肩で息をつきながらも顔を左右に揺らし、一本足でたたらを踏む。
 訓練されたそのよろけ様とおどけた顔に、世の中はもう大笑い。
 捕り方たちも、火消しも涙をながし、腹をかかえ、お役目を放棄(ほうき)する。
 捕り方の責任者、加賀百万石家臣、前田壇上之守(まえだだんじょうこれもり)も馬上で笑い、ころげて落馬し、馬の後ろ足にしがみつく。が、馬に蹴られ、空高く舞いあがる。
「あはははは……」
 空中で手足をばたつかせ、高らかに笑う。


8 そのときが突然きた

 時をまっていたかのように、城下の堀や池や小川、遠田の蛙たちがとつじょ、鳴きだした。
「けろけろけろけろ、げっこげっこげっこ」
「わんわんわんわん、わんわわん」
 犬たちも吠えだした。
「にゃおにゃおにゃお、にゃおにゃおう」
 猫たちも、騒ぎだした。
「親分、あっち、見てくれ」
 松五郎の声に徳兵衛がふりかえると、派手な着物をまとった賑やかな集団がやってきた。
『ええじゃないか、ええじゃないか、よいよいよいよい』
『おなじアホなら、笑わにゃそんそん、よいよいよいよい』
『トンチャチャンカ、トンチャチャンカ』
『よいよいよいよい』
 鉦(かね)や太鼓の音にまじり、男と女の嬌声(きょうせい)。

 そこへ、早馬がやってくる。
「お殿様が、病気で亡くなられたぞーう。お殿様が、亡くなったー」
 将軍が身罷(みまか)ったというのだ。
「お笑い禁止令は、解除されたあー。お笑い禁止令は、ただいま解除されたぞー」
 公式の印なのか、烏帽子(えぼし)に白鉢巻の男を乗せ、早馬は人をぬって走る。
 息を飲む、一瞬の静けさ。
 ぱからん、ぱからん、と遠ざかる歪(ひづめ)の音。
 と、江戸の町じゅうに沸きおこる大歓声。

「終わった。忙しかったなあ」
 四角い顔の徳兵衛親分が、へへと軽く笑ってみる。
「よかったあ、親分。西に東にいったりきたり、くたびれたあ」
 下っ引きの松五郎も、はははと力なく笑う。
「うちに帰ってお春の膝枕で一休みするか」
 四角い徳兵衛の顏が、こころもち丸くなった。
 こうしてお笑い禁止令は解除された。
 そして、ふたたび江戸に平和な日常がもどった。
                   ●おわり
作品名:バカ殿お笑い禁止令 作家名:いつか京