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バカ殿お笑い禁止令

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バカ殿お笑い禁止令  さあ~お江戸の住民は大弱り



1 本日より笑った者は切腹か磔(はりつけ)

 殿様の母上、慈恵院(じけいいん)様は、連夜、夢でうなされた。
 部屋の襖や壁から男や女がでてきて、慈恵院様を指さし、笑うというのだ。
「おかげでわらわは眠れぬ。わらわは笑われ、はずかしめをうけたぞよ」
 慈恵院様はこめかみに筋をうかべ、狐の顔でうったえた。
 四谷の八百屋の娘が大奥(おおおく)にあがり、殿様に気に入られ、めでたく子を身ごもった。その子が大きくなり、将軍になった。
 だから今は将軍の母として、絶大な権力をもっている。

 慈恵院様は、殿様であり将軍でもある息子に、こう告げた。
「世の中から笑いを一掃しなされ。お前に世継ぎができぬのも、どこかで誰かが笑っておるからじゃ。だいたい世の中、真面目に生きていかねばならぬというのに、笑うとはなにごとでございますか。笑うは泥棒のはじまり、不届き千万でござりまする」
「はい、母上。さっそくお笑いを禁止いたします。笑った者はひっ捕らえて……」
「切腹になされ。磔(はりつけ)でもかまいませぬ」
 眠れぬせいもあって、慈恵院様は針金のように目をつりあげた。
「承知いたしました母上」

 将軍はただちに老中筆頭家老、高橋是之助(たかはしこれのすけ)を呼んだ。
「高橋、本日より、笑った者は即座にひっ捕らえ、切腹の上、獄門(ごくもん)にいたす。『お笑い禁止令』をだせい」
 将軍の命令は絶対である。即刻、お告れが発布され、江戸のあちこちに高札(こうさつ)が立った。
『御(お) 布(ふ) 告(れ)
 本日をもち、お笑いを禁止する
 笑わせた者、笑った者、遠島(とうじま)、切腹、獄門を申しつくるもの也(なり)
 尚(なお)、おかしな顔の者、みだりに人前にでるべからず
                              徳川家 将軍』

「笑っちゃいけないんだとよ」
「世の中、まじめな顔だけで過ごしていけんのか?」
「いったいどうなってんだ?」
 お江戸の住民は訳がわからず、互いに顔を見合わせた。

 最初に逮捕されたのは、意外にも蛙だった。
 天守閣にのぼった将軍が、月夜の遠田(えんだ)の蛙声(あせい)を耳にしたのだ。
『けろけろけろ、げっこ、げっこ、げっこ~』
「あれほどきつい御告れを出したにもかかわらず、徒党を組み、集団で笑っておるとはなにごとであるか。何者じゃ」
「あれは、カワズどもにござりまする」
 家老の高橋是之助が、蛙のかっこうで畳に伏し、応じる。
「カワズどもめ、みんなで笑えば怖くないとでも申すか。即刻ひっとらえ、切腹のうえ獄門にいたせい」
 お掘り、城下の小川、近郊の川や田んぼを、御用だ、御用だと白鉢巻の捕り方たちが走りまわった。
 蛙たちは腹を裂かれ、串刺しにされ、お掘り端にさられた。

 勘定方(かんじょうがた)のお役人が、長年の幕府の財政赤字を黒字に転換させたと、満面の笑顔で事務方の部屋からでてきたところを見つかり、遠島になった。
 城内のある一室にだれかが置いていった『東海道中膝栗毛(とうかどうひざくりげ)』という本を読んだ次期家老候補の堀田団左衛門は、つい大口を開けて笑ってしまい、即日城内で切腹。本を置いていった犯人については陰謀(いんぼう)めいた噂もあったが、真相は不明。
 日本橋の乾物屋(かんぶつや)の番頭が、お得意の上客を出迎えたおり、つい揉(も)み手でにっこり笑ってしまい、八丈島(はちじょうじま)送り。

『世の中から笑いがなくなってたまるけえ』と一門で寄席(よせ)を開けた噺家(はなしか)の大御所、橘屋鈴太郎(たちばなやりんたろう)は獄門。十三名の弟子たちは討ち首。
 浅草寺の参道で互いに頬をつつき、笑いあっていた若い男女の二人は、『公衆の面前にて、あたりをはばからぬ行為、お上をも恐れぬ不届き』とお曳き廻しのうえ、火炙(ひあぶり)り。
 神田の呉服屋の娘は、馬子が牽(ひ)く、馬が小便をするときのようすを目撃し、ほほっと袖で顔を隠して笑った。それを見ていた者があり、衆人環視(しゅうじんかんし)の百叩(ひゃくたたき)き。尻を叩かれた娘は、はずかしさのあまり、首をくくる。
 江戸の住民は、ことの重大さにようやく気づいた。


2 辻笑(つじわらい)い出没

 丸のなかに『徳』と書かれた表戸の障子(しょうじ)が、ばっと開いた。
「たいへんだ、たいへんだ」
 下っ引きの松五郎だ。おどろき眼(まなこ)で、ばたばたと土間を足でふむ。
「なにがたいへんだ」
「辻笑いだ」
「なんだと」
 岡っ引きの親分、徳兵衛は座敷から土間にとびおりた。
 目玉の松五郎とは対照的に、おどろいてもおかしくても杓子定規(しゃくしじょうぎ)な四角い顔。

 徳兵衛は、開けたままの表戸から外に飛びだす。
「おまえさん、草履(ぞうり)、草履」
 裸足(はだし)の徳兵衛を、女房のお春が追う。
「十手(じゅって)も忘れてるよう。それから、捕物帳(とりものちょう)だよ」
 草履も十手も捕物帳もふところほうりこみ、はだしで駆けだす。
 行く先は……あれ? 聞いてなかった。
 だが、とにかく辻にむかう。 

「どけどけ、御用だ、御用だ」
 夕暮れの空に、高くそびえる駿河台の火の見櫓(やぐら)。
 丁字路の手前の柳の下に、人だかり。
「なんだ、なんだ、どうした」
「道具屋が、今日かぎりの大安売りだそうで」
 一人が教えてくれる。
「大安売りだと?」
 徳兵衛がのぞいてみる。
 骨ばって黒びかりしたおやじが、筵(むしろ)のうえに胡坐(あぐら)をかいていた。自分まで古道具の仲間になりそうだ。

「おい、そのトンカチはいくらでえ」
 徳兵衛があいさつがわりに声をかけた。
「へい、六文でして」
「よし、買った。いま何時(なんどき)でえ」
 徳兵衛は、袂(たもと)から銭をだす。
「暮れ六ですが」
「いいか、払うぜ。六、七、八、九、十……あれ? おかしいなあ?」
 首をかしげ、じろっと、まわりを見渡す。
「……なんていって人を笑わせたり、それで笑ったりしちゃあ、いけねえご時世だってことを……」
 が、すでに三、四人がふふふと肩をふるわせていた。
「笑った……なあ」
 四角い顔の徳兵衛が、くうっと黄色い眼(まなこ)を見ひらく。
「ごっ、ごかんべんを」
「お、お見のがしを」
ひえーと、五、六名がいっせいに道具屋の筵のまえに膝をつく。

「ほんとは許せねえんだが、いまおれは重大な事件を追ってんだ。ちかくに辻笑いがでたろう。どこでえ」
「辻笑いなら、その先の辻です」
「今回は見逃すが、笑っちゃいけねえ世の中だってことを……ええい、こんなことをしているばあいじゃねえ」
 徳兵衛は道具屋のまえから、また走りだす。

 教わった辻の石灯籠(いしどうろう)のまわりに、いかにも今しがた事件がありました、というようすで人影がちらつく。
「ご用だ」
 とりえあえず徳兵衛が叫ぶと、石灯籠のむこうから背を丸くした一人の男がでてきた。尻をはしょり、頬被りをしている。のぞいている目で、目玉の松五郎だとわかる。徳兵衛が道具屋でぐずぐずしているあいだに、先にきていたのだ。
作品名:バカ殿お笑い禁止令 作家名:いつか京